矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

2026.11.04

「技術を巡る力の均衡」 ② 技術主権の確保を目指す欧州

米国の金融・デジタルサービスへの依存を減らそうとする動きは、欧州の公的機関や研究機関にも広がっている。米国企業との技術協力を維持しながらも、特定の事業者がサービスを停止した場合に備え、代替手段を確保しようというものだ。2026年6月、科学誌『Nature』は、欧州各国で米国製ソフトウェアやAIサービスから別の製品・サービスへの移行が進む事例を紹介した。
 
代表的なのが、フランス国立科学研究センター(CNRS)の取り組みである。CNRSは、2025年12月からChatGPTやGoogle Geminiなどの米国製AIサービスに代わり、フランスのMistral AIの技術を活用し、文書の要約や翻訳・資料検索などに利用できる業務用チャットボット「Emmy」を職員に提供している。フランス政府もZoomやMicrosoft Teamsに代わるビデオ会議サービス「Visio」を開発し、2027年までに中央政府全体へ導入を拡大する計画だ。ドイツのシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州でも、MicrosoftのメールシステムをオープンソースSWに移行し、業務用SWについてもLibreOfficeへの切り替えを進めている。
 
EUレベルでも政策の具体化が進んでいる。2026年6月、欧州委員会は半導体、クラウド、AI、オープンソースソフトウェアなどを対象とする技術主権強化策を発表した。重要な技術やサービスを特定の国や企業に全面的に依存せず、必要に応じて自ら運用したり、他の事業者を選択したりできる能力を養うべく、EUは域内の半導体・AI開発基盤の強化に加え、クラウドやAI産業の発展を支援する法案も提案した。従来の米国企業との協力を続けながら、欧州自身の技術供給能力を高める方針である。
 
しかし、こうした移行には現実的な課題もある。既存システムの切り替えには費用と時間がかかるほか、海外の協力機関が引き続き米国のサービスを利用していれば、業務上の不便も生じる。『Nature』が紹介したフランスの研究者も、欧州製の代替サービスを利用する一方、海外の共同研究者との連携のため、米国のクラウドストレージを使い続けていると説明している。また、欧州で開発されたAIも、米国製半導体など海外技術への依存が残っている。
 
このように、技術やサービスが国境を越えて密接に結びつく中、欧州は既存のサプライチェーンを維持しつつ、独自技術や代替サービスの選択肢の拡張に取り組んでいる。こうした取り組みが実際の技術競争力の向上につながり、米国との技術・経済関係における交渉力にどこまで寄与するかが、今後の注目点となる。
 
参考:Nature "Europe is ditching US tech — what does this mean for researchers?"

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