矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2012.08.28

本格的な「FMCマーケティング」到来

ADSLやFTTHなどの固定通信サービスも、スマートフォンやデータ通信で活況を迎えている移動体通信サービスも、「契約者数の増加」という点では大幅な成長が見出せない「飽和状態」にある。
そのため、通信各社は他社からのユーザを奪い取るための方策を練りつつ、他社から自社ユーザを取られないよう、「維持(リテンション)」に頭を悩めている状況にある。そうした中で今回注目したのは、KDDI(au)が進める「スマートバリュー」である。

固定通信と移動体通信市場それぞれにおいて、ユーザの新規獲得が難しくなる中で、Products(サービス・製品)以外の他のマーケティングの3要素(Price、Place、Promotion)で、今までにない大掛かりな取り組みをしている。
本稿では同社「スマートバリュー」の背景と影響、そして、ユーザリテンション(維持)について考察していきたい。

市場環境、自社ポジションを見据えたKDDIの3M戦略から本気度が伺える「スマートバリュー」の提供

簡単にKDDI(au)の「スマートバリュー」を説明すると、特定のFTTHサービスの契約とauのスマートフォンを契約すると、auの月額利用料金が初年度1契約あたり1,480円(2年目以降は980円)割り引かれるというものである。
従来、「FTTHの光電話と携帯電話の通話が定額無料」となるサービスはあった。
ただ、新規ユーザの獲得や維持のための決定打となるものではなく、あくまで付帯サービスの一つに過ぎなかった。しかし、「スマートバリュー」では、FTTHの利用を条件に、携帯電話(スマートフォン)の利用料金を割り引いてまで、ユーザの獲得、維持を図ろうと意図している。
また、自社「au光」、グループ会社となったJ:COMやJCNはもとより、他のケーブルテレビ事業者や西日本の電力系通信事業者も対象とし、提携の固定通信サービスを大幅に広げた。

「マーケティング4要素」という視点で見ると、上記の「Price」や「Products」だけではなく、「Place(販路)」や「Promotion(販促)」も本気度が見える。
自社「auショップ」においては、上記のFTTHサービスの販売窓口や販促ツールの設置、J:COMにいたっては販売スタッフを配置しているショップもある。
また、TVCMの量と訴求内容に特徴がある。TVCMの具体的な量については割愛するが、例年にないほどのCM出稿をしている。また、訴求内容も、1契約あたりの月額基本料金の割引だけはなく、「(なぜか)家族4人で2年間の割引が142,080円」と、従来の訴求内容とは「桁違いの割引額」を示すようになった(従来は別の通信事業者がするような見せ方だが)。

KDDIがここまで推し進めるもの下記のことが考えられる。

<市場認識として>
1.FTTH、移動体サービスとも新規契約数の頭打ち
2.移動体サービスでは「スマートフォン」を軸としたユーザ獲得合戦が展開されている(新たなユーザ獲得のチャンス)
<自社戦略と強み>
1.田中新社長の下「3M戦略(マルチネットワーク×マルチデバイス×マルチユース)」の推進。主要通信事業者の中において、名実ともにFTTHおよび移動体事業を一体化して提供できる立場
2.固定通信事業の黒字化達成(バックホール側のネットワークの整備)
3.通信事業者のグループ化(J:COM、JCNなどCATV事業者)と電力系通信事業者との連携(対NTTグループ包囲網の構築)

反応は上々―関西圏の反応が他地域を圧倒、ユーザ維持にボディーブローのように効果がでる

関係者のヒアリングの中では、「反応は上々」であり、すでに合計で100万加入(人)を達成している。
また、関西エリアでは、他の地域に比べて加入率が高い。これは、電力系通信事業者のケイ・オプティコムの影響が大きい。
ただ、FTTH事業者からすると「FTTHの新規獲得に大きく貢献しているとはまだ言い切れない」としている。しかし、「ユーザのリテンション(維持)という意味では期待している」としており、今後の各FTTH事業者の加入数と解約率に注目が集まる。

競合他社においても手をこまねいているわけではない。
NTTグループにおいては、FTTH事業と移動体事業の一体提供はNTT法の下、展開できないものの、東西、docomo、com社の主要4社による請求書一括化サービスを提供し始めた。また、回線事業に特化していたNTT東西においては、FTTH活用のための組織体制を刷新し、タブレットや無線LANなどを活用したアプリケーションの訴求に軸足を移している。
ソフトバンクグループにおいては、iPhone、iPadとあわせ「プラチナバンド」を前面に出した移動体事業へリソースを特化すること活路を見出そうとしている。

今後のユーザリテンション戦略は「契約開始時期のずらし」と「ユーザデータの保有」

通信事業においては、ユーザの獲得に多大な費用をかけたにもかかわらず、市場や競争環境の変化により、想定外の解約が出るケースもある。
ユーザ維持のためのポイント還元、新サービス(ハードウェア)などの提供をしているが、戦略的な意味では、下記の方法が有効と考える。

1.利用料金を割引する代わりに長期契約とするサービスにつき、時期をずらして複数契約してもらう。
2.ユーザのメール、写真、作成データなどの所有データを保有する
 

1はまさに固定通信サービスの加入時期と移動体サービスなどとの契約時期をずらし、ユーザの解約コスト負担や手間をかけることで、ユーザを維持することができる可能性が高まる。また、複数のサービスを契約してもらうことで、「足かせ」を増やすことができる。

2はGoogleやApple社などが実践している。「クラウド時代」の中で、日々膨大に増え続ける写真や動画を他のサービスへ移行することは想像以上に手間がかかる。また、SNSなどの発言、オークションなどの評価、これらを管理するためのIDは、移行することすらできない。

今後、通信サービスの利用においては、サービスやハードウェア、契約だけによるユーザの維持は難しくなり、ユーザが保有しているデータを取得できた事業者こそが、最終的な勝者になると考える。

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