日本の経済にとって、中小企業の活性化は、国際競争力向上のためにも欠かせない課題であると言える。近年急速な経済成長を果たしているアジア諸国ではあるが、その分裾野となる中小企業層は薄いと言われ、日本企業の国際的な役割は依然大きいといえる。
例えば、日本の中小企業は高い国際競争力を持ち、NASAやボーイング社を始め、世界の最先端の様々な分野で活躍している。
しかし一方で、特に日本の中小企業におけるITの活用はひどく遅れているとされる。
それは欧米と比較してだけではなく、同じアジア諸国と比較しても、総じてITの活用度が極めて低いという。あるグローバルITベンダに言わせれば、「日本の企業のIT活用の遅れは絶望的でさえある」。
日本企業のIT化が、グローバルスタンダードと比較して遅れている理由は、日本人の気質や文化にまで言及する意見もあるが、定かではない。しかしながら、こと中小企業においては、戦後に一気に林立した中小企業経営者の年齢的なものが、大きな要因のひとつと考えられる。
現在、多くの中小企業経営者がリタイアの時期を迎えつつある。多くが高度経済成長時に起業し、日本経済とともに成長を進めてきた団塊の世代と一致するためである。現場を支えてきた彼らにとって、ITは未知のものであり、およそ理解しがたいものである。従って、代変わりの行われていない企業では、ITの導入が進まないどころか、経営者のリタイヤとともに、企業の存続さえ危ぶまれているのが現状である。
IT業界は、こういった企業のIT化を進めることで生産性の向上に貢献し、ひいては日本の産業の国際競争力の向上という、大きな課題さえ背負っていると言えるのである。
では、これまでのIT業界において、不足していた取り組みとは何であろうか?それはこういった中小企業のレベルにあわせて、具体的に経営の観点からIT化の活用を検討するという役割を担う企業や人材が不在であったことであろう。先日資格取得者の拡充策が発表されたITコーディネーターがその役割を期待されているが、まだまだ普及は進んでいない状況である。
日本において、IT業界を牽引してきたのは、NEC、富士通、日立といったハードベンダーや、その後台頭してきたソリューションベンダーであるが、いずれもITツール自体が商材であり、彼らの存在理由であったと言える。しかし、中小企業にとってはITはあくまでツールであり、経営課題である効率の改善や売上の拡大を目指すために、結果的に導入に至るものである。こうした観点から、中小企業の経営をサポートするためにITの利用を促進するという立場の事業者や機関が、意外に存在していないのである。
この背景として、IT業界には一種独特の業界の文化がある。それは、より高度なもの、先進的なもの、より難解な表現を強要するという、業界外のものにはおよそ理解しがたいものである。例えば、今で言えば、平気で使われるクラウド、SaaSなどというIT用語であろう。通常の業界では、顧客にいかにわかりやすく訴求し理解を図るか、という点に心を砕くものであるが、それがIT業界では全く逆になっている。
業界の中では、当たり前とされるそういった慣習、文化が、自分たちの世界を狭めているということに早急に気付くべきではないか。
これまでITベンダーの窓口は一定以上の規模の企業なら有している情報システム部門であったため、それでも良かった。しかし、今後普及を図るべき中小企業においては、そういった「IT村用語」は、厳禁であると認識すべきである。
それはともかく、恐らくこれから日本は、今まで以上に大規模な構造変化に見舞われることとなる。そのような中、ひとつひとつの中小企業の生産性の改善は、極めて重要な課題のひとつになると言えるであろう。
そのためには、これまで置き去りにされてきた中小企業のIT化を、一体誰がどのような形で取り組んでいくことが適切なのか、明確な道筋をつけなければならない。
多くの中小企業が廃業の危機にさえ見舞われているなか、日本の非常に重要な資産である、層の厚い中小企業を活性化していかなければならない。そして、そのためにITをどう啓蒙してくのか、またその役割を誰が担うのか、を検討しなければならない。市場原理だけでは、恐らくこの問題は解決しないと考える。
(野間博美)
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