ECM(Enterprise Content Management)ソリューションは、メール・ファイルサーバ・ナレッジマネジメント・コンテンツ管理などのシステムを統合するような、“情報系のERP”という捉えられ方もあり、その有用性は大いに期待されるところである。しかし、進歩的な概念であるがゆえに、ユーザ実態との間に乖離が生じてしまっている感は否めない。無論、先進的なユーザはECMソリューションを導入して期待通りの成果を得ているのだが、その一方で多くのユーザには「活用を見据えたデータ管理の思想」がなく、ECMソリューションを云々する前の段階に止まっているものと考えられる。
次に示す図は、2007年9~10月に弊社が実施した「ECMソリューションに関するユーザニーズ調査」から抜粋したものであり、ECMソリューション未導入企業の多くはファイルサーバやグループウェアを用いてデータを管理している状況が見てとれる。ECMソリューションの商談において、「非構造化データはとにかくファイルサーバに入れており、容量が足りなくなっているので、とりあえずはそちらを増強したい」といった要求を受けて嘆くケースもあるようだが、まずはユーザの実態がそうしたレベルにあることを認識し、商談のスタート地点を正しく見据える必要があるだろう。
前段ではECMを例として挙げているが、「概念先行でユーザ実態とは乖離がある」という事例は、ICT業界においては枚挙にいとまがない。概念自体は正しいとしても、ビジネスとして開花するまでには数年を要することとなり、市場が形成されるに至らず消えていくような、結果としてバズワード(buzzword-素人を感心させるような専門語、転じて空虚な宣伝文句)に位置付けられてしまうものも散見される。
そうした状況に対し、ソリューションベンダの側では“啓蒙活動”が施策として提示されることとなる。「理解を進めて導入に繋げる」というのはまさしく正攻法であるが、ビジネスが軌道に乗るまでの期間費用をどのように賄っていくかは課題であり、すでに何らかのツールが開発されている場合はなおさらである。
ここで、“啓蒙活動”が必要となるユーザに眼を転ずると、そのニーズはさほど次元の高くないものであるように見受けられる。各種ユーザ調査において、製品・サービス選択に際して重視するポイントについて問うていくと、ベンダが訴求点としている機能などを差し置いて「使い勝手の良さ」が上位に入るケースが多いのである。また、概念を理解しているはずの導入済み企業に対し、不満内容や使用上の問題点について質問していく場合にも、「機能を使いこなせない」といった回答が見られることもしばしばである。
ユーザのレベルにはばらつきがあり、「情報システムのあるべき姿を描いており、自社の必要とするソリューションを判断、導入することができる」という企業も存在することはいうまでもない。ECMの項で述べた通り、「概念を理解した上でソリューションを導入、想定した成果を得ている」といった事例も出ており、概念を提唱すること自体は否定されるべきものではない。何らかの概念に基づいたソリューションによってユーザのビジネスを活性化させることができるとすれば、それこそがICTベンダとしての正しいあり方であるといってもよいだろう。否定されるべきは、概念がひとり歩きしてしまうような状態である。
ベンダのなかには「ユーザとともに成長」という惹句を用いる向きもあるが、その具現のためには、ユーザの実態やニーズと真摯に向き合った上で、現状から理想とする地点へ向かう“道筋”を正しく示していくことが必要であろう。さらにいえば、国内ICT市場を真に活性化していくためには、輸入された概念に頼っていくだけのビジネスから脱却、独自の発想でユーザにあるべき姿を示して導いていくような、「市場を創っていく」という気概が求められるのではないだろうか。
- 【注記】ECM(Enterprise Content Management)
- 企業内に存在する情報のうち、構造化されたもの(構造化データ)は10~20%であり、残りの80~90%が非構造化データ(従業員がMS Officeアプリケーションで個々に作成した企画書や見積書、e-mail、画像・音声データなど)であるといわれている。すなわち、非構造化データはさまざまな形式でバラバラに作成されたものであり、検索・再利用を想定してファイルサーバのような蓄積場所を提供したとしても、バージョン管理が適正になされない恐れも禁じ得ない。ECMソリューションは、そうした不都合を回避するものであり、企業内のさまざまなデータを一元管理した上で、業務プロセス改善・コスト削減・コンプライアンス確立などの目標を実現していくものである。
(坂田 康一)
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