矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2011.11.17

究極のセキュリティといわれるバイオメトリクス(生体認証)を考察する

矢野経済研究所では2011年6月~8月、バイオメトリクス(生体認証)市場に参入している企業の実態と将来の見方の調査については、2011年9月6日発表のレポートサマリ「イオメトリクス(生体認証)市場に関する調査結果 2011」ですでに一度ご紹介したが、本編では改めて、この調査結果のポイントについて解説していきたい。

バイオメトリクスの最新市場概況

【図表】バイオメトリクス国内市場規模推移
【図表】バイオメトリクス国内市場規模推移

矢野経済研究所推計
注:メーカー出荷ベース
注:予測は予測値

バイオメトリクス(生体認証)は、銀行ATMやPCのログインなどで一般に広く知られるようになってきた。その上で、ユーザーは、バイオメトリクス(生体認証)は利便性が優れており、携帯する必要がなく、なりすましができないといった特徴も認識してきたように考えられる。
昨今では、スマートフォンやタブレットPCの紛失リスク対策や震災に伴うBCP(緊急時企業存続計画または事業継続計画)対策の一環として在宅勤務形態の導入、海外拠点から国内サーバへのアクセス管理、シングルサインオン環境の導入、仮想デスクトップ環境の導入やクラウド環境における認証手段としてバイオメトリクス(生体認証)の認知度は確実に向上している。また、コンプライアンスへの注力度から、ユーザーの理解も深まっている。

一方では、バイオメトリクス(生体認証)は、セキュリティシステムであっても、実質的にユーザーが求めているものは利便性である場合も多い。これは特に管理者側の視点から、セキュリティシステム運用の負荷を下げたいというニーズが主流となっているが、このようなニーズについてもバイオメトリクス(生体認証)システムはメリットを提供できる。
特に顔貌認証などの場合、認証方法は非接触のカメラのみであり、製品によっては装置に読み取らす行為すら不要のものもある。つまり、対象者が通路を通過するだけで認証するというものである。

これまで、バイオメトリクス(生体認証)システムのソリューション/アプリケーションについてブレイクダウンしていくと、出入管理などの物理セキュリティと、PCログインなどに代表される情報セキュリティの2大アプリケーションに集約することができた。細かいアプリケーションには多様なバリエーションがあるものの、それら全てこの枠組みへの収束が可能である。
多様化の代表例を挙げると、文教分野でのeラーニングが分かりやすい。このアプリケーションは、単なるPCログインによる情報セキュリティであることに違いはない。しかし、バイオメトリクス(生体認証)の技術を単なる情報セキュリティに利用するだけでなく、個人認証による履修証明の機能を持たせたことで、eラーニングという教育(指導)方法に拡張性と将来性を与えたといっても過言ではないだろう。現に、この技術を利用した民間大学が全講義を自宅などのPCで行うことを可能にしており、卒業までに通学の必要はないといわれている。また、当アプリケーションは、企業の研修や民間資格の取得などにも活用されている。

このように、ユーザーから見たメリットやビジネスとしての将来性などを展開してきたが、バイオメトリクス(生体認証)が抱える課題もある。
代表的なものは、100%の本人確認や他人排除が行えない点である。この課題がバイオメトリクス(生体認証)システムの最大の短所ではないかと考えられる。その他にも、利用者プライバシーの侵害、抵抗感、導入/運用コスト、認証速度が遅いなどがある。
昨今では、これらのデメリットもちゃんと理解して、うまく付き合っていこうと考えるユーザーも増えてきており、導入への障壁は少しずつではあるが、下がってきたように見える。ただし、リーマンショックからの世界同時不況や東日本大震災などがあり、個人、法人ともに消費マインドが冷え込んでいる。加えて、企業の設備投資も控えられており、予算的に執行できないなどのケースもあるようである。

バイオメトリクス技術と市場背景

バイオメトリクス(生体認証)は、ICカードや磁気カード、鍵、免許証などの所有物や、暗証番号、パスワードなどの秘密情報でなく、人間の持つ固有の生物学的特徴を個人の識別/照合に利用するものである。人がそれぞれ持っている固有の特徴に基づいているため、複写することも、盗まれることも、紛失することも、忘れることも、置き忘れたりすることもない。
これまでセキュリティを実現するシステムの多くは、管理が煩雑なものであり、紛失や盗難の危険性を孕んだ脆弱なシステムであった。銀行のカードなどではID入力のかわりにカードを用いる場合もある。

パスワードは本人しか知らない情報であるということを前提としてユーザー認証を行っていたが、パスワードを盗み見られて他人になりすまされる危険がある上に、忘れてしまえば情報にアクセスできなくなるという不便さがある。
また最近、様々なシステムでパスワードを要求されるようになっているが、同一のパスワードを使うのは危険であるため、複数の異なったパスワードを記憶しなければならず、ユーザーの負担は大きなものとなってきている。
これらの問題を解決するため、本人であることを生物学的な特徴を用いて判別しようという考えから誕生した認証技術が、バイオメトリクス、生体認証である。

【図表】バイオメトリクスの主な種類と特徴
【図表】バイオメトリクスの主な種類と特徴

※その他の認証方式として掌紋、体臭、DNA、耳形状など多数あるが研究段階が多い
矢野経済研究所作成

バイオメトリクス(生体認証)に用いる生体特徴は、全ての人で異なり、且つ年月が経っても変化しないような個人特徴でなければならず、一般的に知られているものでは指紋、網膜、虹彩などがそれにあたる。
その中でも、バイオメトリクス(生体認証)は、身体的特徴であって意図的に変えることのできない指紋、網膜、虹彩、顔、掌紋、掌形、手の甲の血管模様などと、人間の行動上の特性である声紋、署名などの二種類に分類されている。
ただし、人間は個人の特徴(指紋、声紋など)を登録した時の状態が常に保たれているわけではない。指を怪我する場合もあれば、風邪をひく場合もある。このような場合の認証方式におけるファジーな判断・認証レベルの向上が普及への必須条件となっている。また、システムダウンが起きた時の対処など、充分に考慮されねばならない問題もあり、技術の高度化は進んでいるものの、セキュリティシステムへの信頼性の面での不安は残る。

しかし、これら不安要素を差し引いても、バイオメトリクス(生体認証)というシステムの将来性は、大いに期待できるものであることに間違いはない。
今後バイオメトリクス(生体認証)は新しい社会インフラとして、重要な役割を担っていくことが期待されるのである。

市場における課題・問題点

従来バイオメトリクス(生体認証)システム市場で課題になっていた低価格化の課題については、昨今の利便性や信頼性と平行して追及され続けている。しかし、昨今では社会的な凶悪犯罪の増加により、価格要求を超えてユーザーニーズは高まってきており、それとともに生体認証にあった、ユーザーの心理的な拒否感・抵抗なども少しずつ払拭されつつある。加えて、まだ未熟なバイオメトリクス(生体認証)システムという技術の弱点、具体的には指紋認証の場合では、指が雨などで濡れていたり、怪我をしている場合などは正確に認証しない、また、顔貌認証の場合では、眼鏡や髪型などが認証精度に影響を与えるなどの不安点を、いかに克服していくかが期待されている。技術的には、もうすでに飽和しているという見解のベンダーもいるが、ユーザー目線では、まだまだ満足がいくレベルではないものと考えられる。
以下に、現在バイオメトリクス(生体認証)市場にある課題問題点を示す。また、解決のための糸口も示す。

矢野経済研究所作成

今後の市場見通しと将来展望

リーマンショック以降、東日本大震災があり国内の設備投資マインドは冷え込んでいる。バイオメトリクス(生体認証)に関しても、ユーザー企業の設備投資に属するため、厳しい市場環境となった。

【図表】バイオメトリクス国内市場規模予測
【図表】バイオメトリクス国内市場規模予測

矢野経済研究所推計
注:メーカー出荷ベース
注:予測は予測値

しかし、中長期的な観点から見れば、引き続きバイオメトリクス(生体認証)システム技術は前途有望な先端技術であり、今後も新たに市場に投入される認証技術も多数存在するだろう。これからの新製品には、これまで以上の拡張機能や汎用性など、様々なスペックが求められることが予想され、且つ参入企業各社はシステム販売など、販売価格の引き上げに伴う困難なテーマにも対応せざるを得ないだろう。それらの経験が更に参入各社を鍛えるものと考えられる。

昨今の治安の悪化や、日々テレビから流れてくるニュースは、世界的な情勢の不安定や様々な緊張状態が、民間レベルでのセキュリティニーズに拍車をかけている。社会生活における不安感が高まる中、バイオメトリクス(生体認証)は急速に現実的なセキュリティシステムとなっており、各種セキュリティシステム市場の活況と同調して、集合住宅などにおいて加速度的に普及の一途を辿っている。
また、一時ほどの加熱ぶりは収まったとはいえ、情報漏洩を未然に防ぐため、社内の入退室管理用途での導入に前向きな企業は増加している。その他にも医療系での電子カルテやeラーニングでの利用など、バイオメトリクス(生体認証)技術の導入によって効果を得る分野は様々である。バイオメトリクス(生体認証)参入企業は利用シーンの開拓を推進していく方向にあることは間違いないと考えられる。

現状において、日本では本人認証の手段は運転免許証と印鑑が主流であるが、参入企業各社は大きな目標として、いずれこれらのディファクトスタンダードを得る技術としてバイオメトリクス(生体認証)に期待しており、バイオメトリクス(生体認証)市場がより具体性を増していく中で、メーカー各社はその都度バイオメトリクス(生体認証)市場の手ごたえを感じ、その結果メーカー各社は自社のやるべき事を見極め、独自の見解を持っている。
具体的な見通しを持っている参入企業が増加しており、それが各社の取り組みの深化を表している。過去にあった個人情報保護法の施行、銀行ATMの静脈認証導入など、大規模なイベントを経験してきたバイオメトリクス(生体認証)システム市場は、ネクストステージに入っていると言えよう。マンション、戸建住宅などハウスメーカーに代表される搭載機器関係企業との協業も進展している。加えて、顔貌認証における小売業でのマーケティングシステムの構築なども、バイオメトリクス(生体認証)市場に新しい付加価値を提案するものであり、バイオメトリクス(生体認証)市場の新たな方向性を示すものであると考えられる。

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