矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2011.11.07

震災後に高まった事業継続需要を取りこぼすな!

震災後の事業継続需要の高まりと受注状況

東日本大震災が起きて以降、事業継続対策を目的にしたITアウトソーシングサービスに対する需要が高まりを見せた。これまで、多くの企業が、事業継続対策への取り組みが必要なことを理解しながらも、収益拡大を優先し、事業継続対策を後回しにしてきた。米国の企業に比較すると、日本の企業はBCP(事業継続計画Business Continuity Plan)の策定率は低く、金融機関などミッションクリティカルなシステムを扱う業界以外では、BCPを未策定の企業が多い状況にあった。
しかしながら、東日本大震災の発生によって、それらの企業でも事業継続対策に対する取り組み優先順位を上げざるを得なくなった。震災直後から、IT事業者に対して事業継続対策を目的にしたITアウトソーシングサービスへの引き合いが増加しており、「前年の同時期の5~6倍の引き合いがあった」という事業者も多く見られた。

そのように、事業継続対策を目的にした引き合いが飛躍的に増加したが、それが実際にIT事業者の受注の増加に結びついたか、と言うと必ずしもそうではなかった。「数台のサーバーを自社内からデータセンターに移設したい」といった規模の小さい案件は震災後数ヶ月の間に見られたが、「地方のデータセンターをバックアップ拠点として利用したい」、「既存システムをクラウド基盤に載せたい」といった規模の大きい案件は、引き合いこそ多く見られたものの、受注に至らないケースが多かった。

受注が低調であったのは、多くの企業が、物資の確保など、震災後の目先の対応を優先したため、と考えられる。また、景気の先行き不透明感が強まっているため、IT投資に慎重になっている企業も増えているのだろう。

高まった事業継続に対する意識を薄れさせてはならない

矢野経済研究所では、2009年度~2015年度までのITアウトソーシングサービスの市場規模を予測している。同予測では、2011年度の下期に掛けて、事業継続対策に本格的に取り組む企業が増加し、対前年度比4.2%増と、2009年度~2010年度に比較して高い伸びを示す、と見込んでいる。
前述の通り、現段階では、様子見をしている企業が多いものの、引き合いの状況から見て、ユーザー企業の事業継続対策に対する意識は確実に高まりを見せていると考えられ、今後リプレースの時期が来た企業が、バックアップ対策など、何らかの事業継続対策を新たに付加していく、と推測できるためである。

【図表:ITアウトソーシング市場規模予測2009年度~2015年度】
ITアウトソーシング市場規模予測2009年度~2015年度

矢野経済研究所作成
注:事業者売上高ベース
注:見込は見込値、予測は予測値
注:市場規模は過去に遡って再算出した。

前述のように、これまで多くの企業が、事業継続対策への取り組みが必要なことを理解しながらも、それを後回しにしてきた。
しかしながら、大震災後は、企業は、事業継続対策を目的にしたITアウトソーシングサービスの利用を検討せざるを得ない状況になっている。それは、今回の震災において、次のようなことをユーザー企業が新たに体験・認識したためである。

今回の震災では、災害時の対策としてだけではなく、災害後の電力確保の観点からもデータセンターを利用しておくことが望ましいことを多くの企業が認識した。災害後にシステムの運用を維持するためには、電力の確保が必須となるが、それには、UPS(無停電電源装置)はもちろんのこと、発電設備が備えられたデータセンターにサーバーを預けておくことが望ましいという認識が広がった。

また、今回の震災では、拠点分散の重要性が再認識された。いかに堅牢なデータセンターにデータをバックアップしていても、本社の至近にデータセンターがあれば、あまりリスクを減らすことはできない。本格的に事業継続対策に取り組むには、ある程度本社から距離があるデータセンターを利用しなければ、リスクを分散できないことを多くの企業が理解した。これまで、緊急時に駆けつけることができる都心のデータセンターに需要が集中してきたが、今後は、バックアップサイトとして、地方のデータセンターに対する需要が高まる可能性が出てきた。

その他、今回の震災では、情報システム部員のリソースだけでは災害発生時にリソース不足になるリスクがあることを多くの企業が認識した。情報システム部員の人数は、多くの場合、平常時に合わせているため、災害の発生により緊急対応業務が増加すれば、必然的にリソース不足に陥ることになる。それを避けるためには、ITアウトソーシングサービスを利用するなど、外部のリソースに頼り、リソースに余裕を持たせておくことが必要との認識が広がった。

上記のように、今回の震災では、外部リソースの利用によりリスク分散を図ることの重要性を多くの企業が認識することになった。ユーザー企業が、地方に自家発電装置を設置したデータセンターを持ち、さらに要員まで配置するのでは、あまりに経営効率が悪い。そのため、今後、事業継続対策に本格的に取り組むユーザー企業は、遅かれ早かれITアウトソーシングサービスを利用することになるだろう。

しかしながら、一方で、企業が事業継続対策の取り組み優先順位を再び低下させてしまうことも危惧される。景気の先行き不透明感が増しているため、目先の収益確保を優先し、事業継続対策の優先順位を下げる企業が出てくる可能性がある。東日本大震災の被害は甚大であり、「喉元すぎれば熱さを忘れる」といったことにはならないと思いたいが、景況感が悪化すれば、中長期的な視点に立った事業継続対策に取り組む余裕を持てなくなる企業が増えてくる可能性は否定できない。
IT事業者としては、ユーザー企業の事業継続への取り組み優先順位が低下することのないように、事業継続対策の重要性を引き続き啓蒙していくとともに、高まっているユーザー企業の需要を確実に取り込んでいきたいところである。

いかにユーザー企業の事業継続に対する意識が高まったと言っても、景気の先行き不透明感が増している状況の中で、新たな投資の実行は、そうたやすくは進んでいかないと考えられる。
それを進めていくためには、IT事業者は、ユーザー企業が納得できる形のサービスを提示していかなければならない。例えば、ユーザー企業の投資額や置かれている状況に応じて、何段階かにレベルを分けてサービスメニューを用意しておくのはどうだろうか。また、災害発生による損失額を無料で推計し、事業継続ソリューションの導入による投資対効果をわかりやすく示して見せる、などといった工夫も必要になってくるだろう。

日本企業の事業継続性を高めることは、IT事業者の重要な使命の一つなのであろうから、たとえ実際の受注になかなか結びつかなかったとしても、決してIT事業者側まで事業継続に対する意識を薄れさせることがあってはならない。

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