矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2011.08.18

ようやく日本の動画配信市場 “はじまった”? ~“公式”動画サービスの戦略比較~

映像の配信サービスは、大きく分類してYouTube、ニコニコ動画などの動画共有型サービス、Gyaoなどの公式での動画配信型サービス、ひかりTVなどのIP放送型サービスなどに分類できます。動画共有型サービスでは、ここ数年は、初音ミクなどの消費者生成コンテンツや、Ustreamでのライブ配信がブームになったりしています。しかし、公式コンテンツ配信型の動画サービスは権利関係や収益性の課題が依然ハードルとなり、新しいプランやサービスがあまり出ることもなく、正直盛り上がりに欠けていた側面があります。ところが、最近にわかに、海外のパブリッシャや、コンテンツホルダなどのプレイヤから新たな動きが出てきました。

ターゲット拡大を目指す①

2011年8月10日、アメリカの動画配信サービスHuluが、年内に日本でサービスの提供を開始するとリリースしました。Huluは、NBCユニバーサル、FOXエンターテイメント、ABCなどのテレビ局や、ウォルト・ディズニー・カンパニーなどのコンテンツホルダが参加している合弁会社で、無料あるいは有料でハリウッド映画や海外ドラマなどのテレビコンテンツが視聴できるサービスです。

Huluはアメリカでは100万人近くのユーザを獲得する人気のサービスですが、オンラインDVDレンタルおよびストリーミング動画配信サービスで急成長したNetflixや、CATVなどの有料TVサービスとの競争環境も激しく、昨今は苦戦もしていました。そこで、成熟して飽和状態に近いアメリカ市場から、日本、そして世界へと目を向けることで、新たな顧客獲得を目指しているわけです。

日本でも、すでにCS放送やVOD、またオンラインDVDレンタルなど同種あるいは競合サービスが存在しますが、消費者にとっては、ライフスタイルに応じた視聴の選択肢がさらに増えることになります。

ターゲット拡大を目指す②

日本でも面白い事例があります。2011年4月からMBSなどで放送されているアニメTIGER & BUNNY(通称タイバニ)は、地上波の放送と同時にUstreamと連動させてWebでもリアルタイム配信をしています。タイバニは、劇中キャラと企業広告を絡ませるプロダクトプレイスメントの手法を採るなど、いろいろ実験的な取組をしていますが、日本だけではなく北米・イギリス・フランスなどで海外配信を行っている点も特徴のひとつです(※国内の動画配信サービスの多くが海外は対象外)。

これも、エリアの限定というハードルを取り払うことで、今まで対象外だった視聴者へのリーチに成功している例でしょう。さらに、Ustreamでコンテンツを見ながら実況するという「リアルタイム視聴での時間の共有」という付加価値の場を公式に提供し、Twitterなどソーシャルメディアで体験や感想が拡散されることで、新しい層のファンの獲得にもつながっているようです。

公式で安心・使いやすいサービスを作る

2011年8月からバンダイチャンネルが月額1,000円でアニメ見放題のサービスを開始しました。同じく8月から東映がYouTubeに「東映特撮 YouTube Official」として公式に動画配信サービスを始めています。

現状、アニメやドラマのコンテンツは、放送直後にその多くが海外の動画投稿サイトにアップロードされ、ちょっとした知識さえあれば視聴できてしまう、(もちろん違法ではありますが)実質上のVOD環境がかなり普及しています。一方、こうした違法での視聴手段は、法的リスクだけではなく「見たいコンテンツを探すのが大変」「画質が悪い」「重い(遅い)」「いつのまにか削除される(消される)」など、決して使いやすいものだとは言い難い面もあります。

バンダイチャンネルや東映の取り組みは、こうした違法手段の不便さを解消して、「安心」「公式ならではの豊富なコンテンツ」というベネフィットを利用者に提供し、これまで非公式に流れていた視聴者を公式サービスに呼び戻す試みとして、非常に注目されます。

放送局連合のインターネットテレビは?

国内では、8月3日民放キー局5社と電通が新しい“インターネットテレビ”のサービスを検討していると発表がありました。放送局などが協力してサービスを立ち上げるという点では、前述のHuluと一見似ているようですが、《※1地上波放送でのリアルタイム視聴を促進》するVODサービス、さらに家電メーカと協力して“独自の”デバイスの開発を進めるなど、目指す方向性はかなり違うようです。詳細なサービスの内容はまだ明らかとなっていませんが、あくまで既存の地上波放送をメインに据えたサービスと推測されます。

前述のHuluや他のサービスは、「対象(パイ)を拡大する」ことを狙っているわけですが、放送局連合インターネットテレビは「パイを囲い込む」方向性ともいえます。ただし、2012年春~2014年に実験的にサービスを開始するとのことで、市場のスピード的にはかなり遅い感は否めません。協力する家電メーカに関しても、今後の成長性を考えるならば、開発デバイスが携帯電話のようにガラパゴス仕様に偏り、技術的にワールドワイドでの競争力を欠く方向性に行かないようにすることは重要だと思います。

※1:民放5社・電通プレスリリースより

新しい付加価値の提供を

日本は、世界各国と比較してもFTTHを始めとするブロードバンド環境の普及に関してはトップクラスです。ブロードバンド契約数は約3,500万、FTTH契約数は2,020万を超えています。にもかかわらず、利活用分野、特にコンテンツ配信分野は課題が多く、市場は伸び悩んできました。今後も、供給側の都合が過剰に優先されてしまうようなサービスは、消費者には受け入れられないでしょう。

王道ではありますが、やはり最も重要なのは消費者に対して、既存サービスを超える付加価値、体験を提供することです。昨今は、消費者の有料サービスに対するスタンスにも変化が見えます。モノに対してだけではなく“時間”に対して払う。デジタルコンテンツ(サービス)は無料との認識はいまだ根強いものの、価値を見出したものに対しては対価を払うという流れが太くなりつつあるのも事実です。

動画配信分野は、特に供給側の調整が依然困難な分野ではありますが、新しいプレイヤが参入することが契機となり、この市場が活性化し成長していくのは大いに歓迎すべき流れです。今後の動向に注目です。

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