矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2011.08.02

震災を克服する大きな力で“なでしこジャパン”的注目浴びるか、東北スマートシティ

東北大震災のカーエレ産業への影響

筆者は市場調査会社の調査研究員であり、お客様である企業・団体各位に向けてお役に立つ情報を提供するのが仕事である。当稿では3.11東日本大震災について触れることになるが、そこではあくまで自分が担当する領域である“カーエレクトロニクス市場を中心とした自動車市場、IT関連市場”などに利すると思われる意見を述べさせていただく。
ジャーナリスティック視点や、政治的視点とは無関係である。

2008年のリーマンショックにより、新興国需要の伸びはあったものの先進国需要が低迷した世界自動車産業が本格的に復活しようとしていた2011年。東日本大震災は、その2011年が始まって間もない3月11日に起こった。震災による工場の被災のために、6月までカーエレクトロニクス向け半導体の供給が停止もしくは不安定な状態となり、多くの自動車メーカは減産にとどまらず一時的な操業停止に陥った。ある調査によれば、カーエレクトロニクス向け半導体の2011年の世界生産は、震災がなかった場合の想定と比べて14%程度減るものとみなされている。これでは世界的に見て自動車生産に大きな影響を及ぼすことは間違いない。
この自動車生産落ち込み最大の要因はカーエレクトロニクス向け半導体メーカであるルネサスエレクトロニクス那珂工場(茨城県ひたちなか市)の操業停止が原因だ。カーエレクトロニクス向け半導体の材料となるシリコンウエハの2011年の世界生産は約10%減少すると予測されている。
福島県西郷村にある信越化学工業の拠点など主要メーカの生産停止が響き、短期的には自動車ばかりではなく他のIT製品なども含む幅広い分野での生産量をダウンさせた。また今後も「ダウン分を早く取り返そう」とあせるメーカ各社の大きな要求を受け、前述の企業はてんてこ舞いの夏をすごすことになりそうだ。

自動車用では特にエンジン制御用システムに利用される半導体の不足が懸念されている。
また今や“自動車の顔”的な位置付けとなったカーナビに利用されるルネサスエレクトロニクスのSHマイコンが不足しているため、ナビメーカ各社とも11年上期は当初の予定通りの生産が難しく、需要に応えきれない可能性もあり、下期での回復に期待をかけている状況だという。

このように東北大震災はカーエレ産業に大きなダウンとなる影響を与えたわけだが、実は震災を機に急に注目されるようになった市場もある。その代表が“スマートシティ構想”である。

東北復興のシンボル“スマートシティ構想”

スマートシティ構想とは、「最新技術を駆使してエネルギー効率を高め、省資源化を徹底した環境配慮型の街づくり」というもの。
具体的には、スマートという冠をつけたIT制御による多種多様なシステムを抱合したものである。例えばスマート電力網やスマート上下水道、スマートガス、スマートハウス(住宅)、スマートビル、グリーン・ファクトリー・・・。
もちろん自動車関連でもEV(電気自動車)、EVを情報通信技術をもってコントロールするITS、EV用充電設備など多岐にわたるシステムがスマートシティ構想には含まれる。
産業としてもエネルギー、電機、自動車、機械、IT、建設、素材、金融など、多岐にわたる産業が関連してきており、業際的というよりも、脱業界的な巨大ビジネスと考えられる。

2011年3月28日の参院予算委員会では、東日本大震災や原発事故で被害を受けた福島県の復興について「例えば世界で断トツの新エネルギーの基地にするなど、希望を示す必要がある」との意見が述べられた。このように東日本大震災の被害地である東北復興をスマートシティ構想と合せて考える事が、震災直後から多くの場面で語られ始めている。

現在もスマートシティ構想は、東北大震災復興へのキーコンセプトとして位置づけられている。既に一部実験などが動き出しているものと推定される。
もしも東北スマートシティ構想が実現した暁には、日本は世界に向けてその成功事例としてアピールし、インフラパッケージ商品化して、新興国をはじめとする他の地域に向けて売り込みを開始するはずだ。

こうしたスマートシティ構想は地域ごとの構想ばかりでなく、各企業独自の動き、もしくは企業同士の提携の動きなどにおいても具体的なものとなってきている。
たとえば2011年になってからの目立った動きとしては、トヨタ自動車が米国のマイクロソフトやセールスフォース・ドットコム等のIT企業と自動車向けシステム開発における提携を実施した事例が挙げられる。トヨタは、マイクロソフトのクラウドサービスによって、自動車や住宅の電力管理システム「トヨタ スマートセンター」を構築する計画。またセールスフォース・ドットコムの企業向けソーシャルネットワーキングサイト「Chatter」をベースにして消費者向け自動車コミュニケーションサービス「トヨタフレンド」を共同開発する計画だ。

またスマートシティ構想は、日本だけのものではない。
アラブ首長国連邦の「マスダール・シティ」、オランダの「アムステルダム・スマートシティ」、中国の「天津エコシティ」など、200を超えるプロジェクトが世界中で進行している。
特に中国のスマートシティ構想は市場規模が大きく、地理的に近く、事業参入の可能性と見返りが欧州や米国に比べて高いため大きな期待がかけられている。

東北スマートシティ構想に対する心配の声

もっとも筆者が業界関係者から聞いたところによると、東北スマートシティ構想については、「東北復興のためにぜひやるべき」という声が大きい中、逆に一部では心配する声もあるようだ。

第一に心配する声としてあげられたのは東北スマートシティに人間は住むのか、という点であった。
「もともとシティ(町、街)とは人間が生きる場所である。そこには人間の“生そのもの”が存在しているはずだ。また人間の“生活の記憶”とそれに根ざした故郷への“情”が存在するはずだ。しかし単なるインフラパッケージ商品化したスマートシティ構想には人間が存在しない。それでは人間が生活したいと願う町ではないから、本当の意味で良い町(スマートシティ)とはいえないのではないか」というものである。
たしかに震災にあって地元の勤め先を失い、職を求めて日本中に散らばった被災者家族は多いと聞く。こうした地元の人々が再び故郷に戻れることなく、無人の東北スマートシティを立ち上げた場合、その商品の価値ははたしていかなるものになるのであろうか・・・という声であった。

また別の心配する声もある。日本の産業構造が変わってしまうのではないか・・・という声である。
「東北にはもともと多くの中小企業が存在しており、彼らの存在が親企業を下支えしていた。また多くの中小企業の存在が、複数の親企業をささえており、競合する親企業が棲み分けることを許していた。けれど震災によって被害を受けた中小企業が無くなり、その後のスマートシティは一部の超巨大企業ばかりが参加できるものであった場合、中小企業によって支えられていた親企業の調達先が限られてくるため、結局親企業の存在そのものも危うくなってくるのではないか」というものだ。
実はこうした「複数の親企業の棲み分け・共存」という産業構造そのものが日本の強みといえる。
他国においては一部の企業だけが強く、優秀な人材も一部企業に集中しがちなため、突出した一部企業だけが利益を享受し、国全体に利益が行き渡らなくなってしまう傾向があるという。こうした心配する声の背景には、昨今の世界的な超巨大IT企業における「ごく一部の勝者だけが利益を独占しがちな風潮」に対する批判があるらしい。
かつて多くの日本市場においては、上位10社程度のプレーヤが存在してお互い切磋琢磨しつつ生きていた。だが昨今のITビジネスなどでは一部の勝者だけに世界的な利益が集中する構造になりつつある。国民全体に利益がいきわたらなければ、日本そのものが弱体化するのではないか、という懸念である。
その産業界で生きる人間自身にとっても、“A社が駄目ならB社があるさ”という救い(余裕)がないため、より厳しい競争にさらされながら生きることになりがちだ。

日本におけるこうした“棲み分け・共存”の知恵は、もともと京都にあったものだと聞く。京都には様々な秀でた家柄があるが、家柄ごとに「食事をするエリア」「遊ぶエリア」「商売のエリア」が決まっていて、お互いそれを決して犯さないことが、文章化されない暗黙の了解事項となっていた。そのことによって、お家同士の競争の激しさを緩和させ、多くの商店がお互いを傷つけあわずに生き延びる術を身に付けるようになったという。
こうした日本古来からの伝統と知恵が企業社会にも生き残っており、「複数の親企業の棲み分け・共存」を可能とする日本の産業構造を形成していた。こうした伝統と知恵は、結局はその地域を愛し、そこに生きる人々を愛する、地域に根ざした“情”を源泉としていたのだろう。
だが、東北大震災と東北スマートシティ構想とを機に、日本の産業構造が変わってしまうとしたならば、それは日本の産業社会そのものを弱体化させることにつながってしまうのではないか・・・。

震災克服の大きな力で、なでしこジャパン的注目浴びるか 東北スマートシティ

前述したような心配の声からは、「無人の東北スマートシティの商品価値に対する疑問」「日本の産業構造弱体化に対する不安」、さらには「人間自身が生きる環境が厳しくなるのではないかという不安」などが感じられた。

だが、筆者はこうした心配の声を吹き飛ばすような、明るい未来につながる東北スマートシティであってほしいと願う。東北スマートシティと、地元の再生とが両立できるようなものであってほしいと願う。
東北スマートシティを立ち上げた場合、その内部に、もしくは周辺に新たな産業が立ち上がり、元の住民の何割かはそこに戻ってこられるようなものであれば素晴らしい。
あるいは、東北スマートシティが地元民を定着させながら進めることのできうるものであれば素晴らしい。

東北スマートシティ構想がどのようなものになるのかの詳細は筆者にとって不明であるが、「震災から立ち直り、スマートシティ構想を旗頭に復興を遂げた日本」というイメージが世界に向けて大きくアピールできる事は間違いない。
その効果の大きさは“なでしこジャパン”が証明している。
女子ワールドカップで世界の強豪を次々破った“なでしこジャパン”の初優勝に対して欧州のメディアは「驚き」(仏ルモンド紙、電子版)をもってトップ級のニュースとして報じた。またプレーの正確さや「粘り強さ」を称賛するとともに、東日本大震災を克服しようとする「何か大きな力」が勝利を呼び込んだとの見方を伝えていた。

前述したように、スマートシティ市場を狙っているのは日本企業ばかりではない。世界中の国の競合達とビジネス上の戦いに勝たねばならない。
競合に打ち勝つために打ち出すイメージ戦略としてならば、「震災を克服しようとする大きな力によって、日本復興のシンボルとなった東北スマートシティ」は、世界に向けてのアピール度も大きく、注目を浴びるはずである。

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