矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2011.05.10

東日本大震災からの復興におけるIT業界の役割

投資の回復が窺えた2011年は、震災後、不安が拡大傾向に

今年2月にエンタープライズアプリケーション分野で2011年以降の見通しを発表した。2009年はリーマンショックの影響を受けて大きく落ち込んだが、2010年は投資の回復が見られ、2011年からは本格的な成長路線に回帰すると予測した。しかしその後、東日本大震災が起き、阪神淡路大震災を上回る甚大な被害を受けた。福島原発の問題は5月現在も進行中である。このような環境の激変にあってはIT投資についてのシナリオを書き直さざるを得ない。

工場の被災による減産及びそれらの二次的な影響、福島原子力発電所の事故、電力供給の問題、消費マインドの低下による内需不振など、企業収益に対するマイナス要因は顕在化している。東日本大震災が発生したのは、企業の2011年度(2012年3月期)の予算が決定済みの時期ではあったが、企業家心理の悪化、業績の悪化による予算削減、被災したインフラ等の再建のため不要不急の投資を先送りするなどの理由から、IT投資は全体として縮小される見通しだ。但し、ポジティブな面を見れば、海外市場は好調であること、地域的・事業内容的に震災の影響を受けない企業があること、復興需要などの恩恵を受ける企業もあること、など世界的に経済が沈んだリーマンショックとは状況が異なるとはいえよう。矢野経済研究所では、2011年のIT投資を前年比0.4%減と予測している。詳細は4月15日に発表したプレスリリースを参照願いたい。

震災後、2011年4月4日に日銀が追加的に発表した3月の短観によると、震災後の回答による大企業製造業の業況判断指数は、最近プラス6、先行きマイナス2(震災前の回答では最近プラス7、先行きプラス3)となっており、将来への不安の拡大が見て取れる。

【日銀短観 東日本大震災発生前後における業況判断】
日銀短観 東日本大震災発生前後における業況判断

日銀短観より矢野経済研究所作成

日本の復興に際して、ITの貢献は不可欠

しかしここでは、この先の将来、更には復興のフェーズでIT業界が果たす役割について考えたい。2011年はIT業界にとっても厳しい年になるだろうが、日本の復興に際してはITの貢献は不可欠である。ユーザ企業のIT利用に関する意識にも変化が起きるだろう。

まず身近なところから始めると、電力不足対策は直近の課題となる。計画停電のような長期間、継続的な停電は、インフラが整備された日本でかつて想定されなかった事態だ。システムを止めるための対策、または止めないための検討は夏までに行う必要がある。ユーザ企業は、耐震性が高く、UPSや自家発電装置を完備したデータセンターを利用するメリットを再確認することになるだろう。これまで「社外にデータを置くことに不安を感じるユーザが多い」と考えられていた基幹システムも例外ではない。基幹システムこそ停電対策は重要であり、ERPのクラウドサービスを提供するベンダーによると、震災後問合せが急増しており手応えを感じているという。

別の観点では、震災で注目度が高まったITサービスとしてソーシャルメディアがある。震災直後は携帯電話がつながらず、携帯電話を利用した安否確認システムさえ動作しないという状況の中で、「震災時に知人や同僚との連絡に役立ったのはTwitterやFacebookだった」という実感は皆が持っているだろう。震災後に実名での利用が基本のFacebokを社員の情報共有ツールとして正式採用した企業もある。ソーシャルメディアアは今や最も強力なコミュニケーション・インフラの1つとなっており、BtoB、BtoC、企業内などあらゆる場面で活用されていくであろう。

復旧が一段落した後、企業活動の変化は加速する

中長期的な影響については、やや概念的な表現になるが、矢野経済研究所が2011年4月4日に発表した「東日本大震災における経済復興プロセスと主要産業に与える影響」から以下の提言を引用する。

「すべての産業において次世代に向けての変化が加速。スマートグリッド構想や次世代都市ビジョンの創造、新エネルギー・環境関連技術の開発促進、製造業における高付加価値品シフトの加速、グローバル戦略の再構築による国際競争力の強化など、産業の新陳代謝や社会・経済構造の革新が急速に進む可能性も高い。温存され続けてきた古い体質、棚上げされてきた課題を一挙に清算し、新たなビジョン、新たな戦略をもってグローバリゼーションを勝ち抜くための契機とする。これをもって日本復興の道筋とすべきであろう。」

復興は震災以前に戻るということを意味せず、損壊した設備等の復旧が一段落した後には、新産業への転換、エネルギーの管理、サプライチェーンの再構築、工場の最新設備への入れ替えなど、企業活動の変化は加速する。ITは未来の革新をドライブする存在だ。ITベンダーは最新のIT利用モデルを提案し、ユーザ企業を支援する必要があろう。クラウドコンピューティングやスマートグリッドはますます重要なテーマとなる。
筆者の専門であるエンタープライズアプリケーション分野で考えれば、SCM(サプライチェーンマネジメント)の見直し、生産拠点の分散、海外事業拡大への対応が求められるだろう。東北は製造業の生産拠点が集積しており、電機・自動車など高い技術力を強みに世界への先端技術部品の供給を担っていた。震災によって多くの企業が生産停止や減産を余儀なくされ、サプライチェーンの混乱は国内外に多大な影響を及ぼした。以前からグローバル競争力強化の観点からSCM(サプライチェーンマネジメント)見直しのニーズは高まりつつあったのだが、震災後に火急のテーマとして浮上したという企業もあろう。企業の海外シフトへの対応もSCM(サプライチェーンマネジメント)の見直しと同期して起こる。リスクマネジメントのため、自社の判断からばかりではなく顧客からの要請によって海外に生産拠点を分散するというケースも出てくるだろう。これらは大きな潮流であり、既存システムの手直しというレベルに留まらない抜本的なシステム再構築へとつながることになる。

まだ先行きは混沌としているが、「3.11」は分水嶺になると考える。筆者としても、今は「このような厄災が日本の転換期をもたらすことになるとは思いもよらなかった」と言わざるを得ないが、将来「『3.11』が新しい日本を作るターニングポイントとなった」と指摘することになると、期待を持って予測する。

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