矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2011.02.04

大化けする車載用情報通信、未曾有の変化の時代に突入するカーナビ

自動車業界人はCESを目指す

2011年の正月をラスベガスで過ごした自動車業界人、ITS関係者は昨年よりもさらに増加したのではないか。これは決して自動車業界人がカジノ好きである事を意味していない。米国ラスベガスで毎年1月初旬に開催されている家電見本市CES(「Internatinal CES=コンシューマ・エレクトロニクス・ショー」の略称)に参加する同業界人がここ数年急増しているのだ。
実際、私の周囲の自動車業界人の間でもCESへの注目度は急激にアップしている。2011年の正月が明けて10日過ぎ、業界の方々から私宛に同じような内容の電話が続けざまにかかってきた。曰く「君はCESに行ったか?」「CESのあの展示を見てどう思ったか?」「うちの社長がCESレポートを上げろとうるさい。君は書いたのか」…などなどである。

2008年のGMに続き9年、10年、そして11年も米国フォードCEOアラン・ムラーリ氏がCESでのキーノートスピーチに登場。赤いベストも鮮やかに、最新車載情報通信技術について世界に向けて情報発信した。フォード車両のインパネに搭載されている情報通信システム「Sync(シンク)」はマイクロソフトが開発したものであり、ドライバはほぼ全ての機種の携帯電話や携帯デジタル音楽プレーヤ、インターネットコンテンツを、音声認識装置やハンドル上のボタン、カーオーディオから操作できる。さらに新開発システムでは、EV(電気自動車)やPHV(プラグインハイブリッドカー)の充電管理やドアの遠隔制御までやってのけるという。それはIT・家電業界の住人からみても「とても先進的でクール」らしい。そうわけで、今やフォードは“IT・家電業界の超人気者”になってしまった。赤いベストも鮮やかに。

今年のCESに出展した自動車関連企業はフォードばかりではない。GM、トヨタ、日産、現代、アウディのような自動車メーカ、そしてパイオニア、パナソニック、富士通テン、TOMTOM、ガーミンのようなナビメーカなど多くのプレーヤが次世代型車載情報通信システムの展示を行った。車載情報通信システムの展示数は、CES終了の翌日から開催されたデトロイトモーターショーよりも多かった。

EVは家電だから、車載クラウドサービス

では何故、自動車業界人はCESを目指すのであろうか。

今や自動車業界のプレーヤよりも、むしろIT・家電業界のプレーヤのほうが車載情報通信システムに対しての関心度が高いためではないだろうか。IT・家電業界のプレーヤは次のビジネスの一手としてPC、携帯電話に続く新たなプラットフォームを強く求めている。そしてタブレット端末等と並ぶ期待の一手が車載情報通信システムなのだ。それを見越した自動車業界人は、車載情報通信システムの発表の場としてモーターショーよりもCESを優先して考えるようになったのではなだろうか。

では、なぜIT・家電業界のプレーヤはこれほどまでに車載情報通信システムに対して興味を持ち、それを自社ビジネスモデルの期待の一手と考えるようになってきたのであろうか。

それは一言で言えば「自動車の未来はEVにつながる。そのEVは基本的に電池とモータによって走る。これはまさに家電だ。家電ならばインターネット接続のビジネスモデルになる」という見方を多くの人がするようになってきた事に由来するのではないか。特にドライバとのインタフェースとなる車載情報通信システムは外部のサーバとモバイルインターネットで繋がるから、まさにIT・家電業界のプレーヤ向きの仕事だと考えられる。

これまでの車載情報通信システムの中核的存在であったカーナビは内蔵するHDDやSDの中に地図データや各種機能を保有していた。だが、ここにきてモバイル通信環境が整い、データ通信料金の定額制が進み、グーグルが地図ソフトの無料提供を開始するようになると、カーナビも自らが地図を持たず、外部の世界と繋がって機能するようになる可能性が高い。地図データや各種機能はサーバ側に置かれるようになり、それをモバイルインターネットで利用するという、いわゆる“車載クラウドサービス”が動き出しつつある。こうした流れを読み、自動車メーカも、カーナビメーカも、携帯電話メーカも、通信キャリアも、コンテンツプロバイダも、大きく車載クラウドサービスに向けて舵を取り始めている。特に携帯電話とPCの中間に位置するスマートフォンを自動車に取り込もうという動きはここにきて非常に強まってきており、それがこれまでカーナビの姿を大きく変えようとしている。どうやら、ここにきてカーナビを中心とする車載情報通信システムは大きく化けようとしているようだ。

2011年から未曾有の変化の時代に突入するカーナビ

世界の自動車市場は先進国を中心に需要が縮小傾向にある一方、中国、インド、ブラジルといった新興国においては旺盛である。また各国ともに地球環境問題への対策を迫られているため、排出ガスを出さないEVが脚光を浴びてきている。こうした中で、カーナビやPNDなどの車載情報端末市場は主に新興国における低価格な小型車向けと先進国における高級車向け(新興国の一部の富裕層を含む)とに二極化され、各々の需要に合わせた多様な情報端末のシステム化が顕在化してきている。

主に新興国で展開されている低価格な小型車向けではスマートフォンを利用した「スマートフォンナビ」や、スマートフォンとDA(ディスプレイオーディオ)と組み合わせて使用するシステムなど、低価格なナビゲーションを提供するための多様なシステムの市場投入が計画されている。

一方、先進国におけるEVにおいては、エネルギー容量を監視し、充電施設に案内する事で燃料切れを防止するというエネルギーマネジメント機能をもつカーナビが標準装備されてきた。このエネルギーマネジメント機能は、標準装備システムに組み込まれた通信モジュールにより、外部にあるサーバ情報を引き出す。

このように2011年からの世界カーナビ市場は、下記(1)~(4)の “大きな潮流” の影響により未曾有の変化の時代に突入するものと予測できる。

(1)スマートフォンナビ(携帯電話ナビ)の車載利用の進展

(2) (1)を進展させるための「スマートフォンナビ+クレイドル」、「スマートフォンナビ+DA(ディスプレイオーディオ)」の市場投入

(3) EVや高級車向けのカーナビのメインアプリが「ルートガイダンス」から「エネルギーガイダンス」へとシフトする

(4) ナビとインフラ協調システムの連携

カーナビとPNDが中心であったこれまでの車載情報端末市場だが、2011年からは変化の時代を迎えることとなる。
まず2011年には「クレイドル+スマートフォンナビ※1)」「DA(ディスプレイオーディオ)+スマートフォンナビ※2」が市場に投入される。
したがって2011年以降はクレイドルやDAとシステム化されたスマートフォンナビや、カーナビ、PND、さらにはエネルギーマネジメント機能を持つ高機能な純正カーナビが競合しながら市場が形成されていくものと予測する。
車載情報通信システム自体が大きく化けようとしているのだから、そこでの競争もこれまでにない複雑なものになりそうだ。

※1:クレイドル+スマートフォンナビ:スマートフォンを備え付けのクレイドルに差し込んで利用する。ナビ機能はスマートフォンのものを利用するが、クレイドルにも充電機能・音声認識合成・GPS・ジャイロ・車載スピーカ連携等の機能を持たせることで、スマートフォンをより一層車載利用しやすくするシステムである。
※2:DA(ディスプレイオーディオ)+スマートフォンナビ:DAとは、自動車のリアカメラの映像をドライバ席の車載モニタで見る事のできるシステム。モニタ側のスロットに携帯電話/スマートフォンを差し込む事でナビ機能が付加され、地図画像を車載モニタに表示できる。

国境と業界乗り越えたスケール大きな期待市場“車載情報通信”

これまでは日本のカーナビ技術が世界をリードしてきた車載情報通信市場であったが、ここにきてスマートフォンナビが様々な形で車載利用されるようになってきたため、今後日本メーカも新たな対応策をとらなければ世界レベルでの競争に勝てない可能性がでてきた。
そういう背景の下、日本ではNTTドコモとパイオニアの提携により、11年からクレイドルと車載機との連携が動き出す。これは今年のCESにおいても展示がなされていた。パイオニアはこれまでCDナビ、DVDナビ、HDDナビ、通信ナビという具合に常に新しい製品を先頭を切って市場投入して業界をリードしてきたが、今回も世界の先頭を切って「クレイドル+スマートフォンナビ」のビジネスモデル発表、展示していた。今までの成功体験に縛られること無く、新しいカタチを常に模索し次の一歩を踏み出す見識と勇気は同社の特徴である。

これまでと違うのは、マーケットが国内ではなくワールドワイドになった事。そこには“横並び”を良しとしないIT・家電業界のプレーヤが数多く存在する。Google、アップル、マイクロソフト、ノキアといった端末の巨人達。背後でインフラを操るIBM、HP、オラクルというサーバの支配者達。そこに新星として登場してくるITベンチャー達。自動車業界のプレーヤもIT・家電業界のプレーヤとつながりを深めるべく世界レベルで動いている。EVを見せ玉に復活を果たそうとするフォード、GM。覇権は我にありとのたまうかのようなVW、BMW、BENZなどの欧州勢。世界の先進的車載機器メーカ達。もちろんEV「リーフ」の標準搭載カーナビに、電池残量が少なくなると急速充電器に案内する等のエネルギーマネジメント機能を搭載した日産をはじめとする国内自動車メーカは、もはや日本の枠におさまらない世界企業となっている。

期待の市場を目指すプレーヤは多分野にわたり、しかも世界的だ。そこには自動車、IT、家電の業界の境目を軽々と乗り越え、さらにはEV連携にみられるようなエネルギーや社会インフラとつながろうとするスケールの大きいビジネスモデルが垣間見える。車載用情報通信システムはもともとカーラジオから始まったものであったが、カーナビによって変貌を遂げ、そして今、スマートフォン連携やEV連携、エネルギーマネジメント、車載クラウドサービスといったキーワードで語られるような“何か新しいもの”に大化けしようとしている。そこには大きなスケールの市場が誕生しそうな期待感が充満している。

そうした中で、今回のCESにおいて、パイオニアをはじめとする日本企業は自社製品を強く打ち出していた。こうしたアピールが、世界の車載情報通信市場における日本企業の存在感を世界に向けて大きく際立たせることができたとすれば素晴らしいと思う。もはや車載情報通信は、国境と業界の枠を軽々と乗り越え、IT・家電業界やエネルギー業界における重要なプラットフォームのひとつに大化けしてしまうのだから。

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