矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2010.11.16

「地デジ需要」をバブルで終わらせてはならない

活況を呈する“期間限定”の地デジ需要

2011年7月のアナログ停波を前に、地上デジタル放送(以下、地デジ)への関心は高まっている。家電量販店では、家電エコポイント制度の効果もあり、デジタル放送対応テレビへの買換え客で連日の賑わいを見せているようで、家電メーカの中間決算も各社軒並み好業績を叩き出すなど、まさに「地デジ需要」に沸いている。
総務省によると、2011年4月をめどとする全5,000万世帯への地デジ世帯普及目標に対し、2010年3月末時点での地デジ世帯普及率は83.8%(約4,190万世帯相当)に達し、初めて目標値を上回ったとのことである。

地デジ需要が高まる中、通信キャリア業界およびCATV業界でも、「テレビを買い替えなくても、アンテナ不要で地デジ視聴が可能」と、ブロードバンド回線を利用した多チャンネル映像サービスによる地デジ対策をアピールして、加入者獲得を進めてきた。さらに2009年末ごろを皮切りに、多くの事業者が従来の多チャンネル型の映像サービスに加え、地デジ・BS対応のみに特化した安価なサービスの提供を始めるなど「地デジ需要巻き取り合戦」に拍車がかかり始めた。完全移行まで1年を切った現在、テレビ・ネット・電話のトリプルプレイ加入を条件にテレビサービスの標準工事費用を無料にするなど思い切ったキャンペーンを展開する事業者も現れ、まさに期間限定の地デジ需要で、ユーザの壮絶な獲得合戦を展開している。

「オールオアナッシング」の厳しい獲得競争

なぜ、ここまで通信事業者が身を切るような思いをして、地デジ需要の獲得に躍起になるのか。結論から言えば、通信・CATV業界にとっての地デジ需要は、某CATV事業者の言葉を借りれば「チャンスであり、リスク」であるためだ。
右肩上がりの成長を続けてきたFTTHを中心とするブロードバンド市場だが、近年は市場の成熟により新規加入者数が伸び悩み、事業者間競争が激化している。特にFTTH加入者に関しては、ADSLユーザやブロードバンド未利用層が減少し、FTTH間での乗換え層比率増加が顕著になり市場全体としての成長は鈍化していた。
そのような中、某通信事業者が地デジ対応としてトリプルプレイサービスを訴求し始めたことで、CATV事業者が主役であった「アンテナなしの地デジ対策」需要の取り込み合戦が始まった。CATV事業者としては結果として競争に巻き込まれた格好であるが、今やテレビだけではなくネットと電話もトータルでサービス提供できなければ、全てを失うオールオアナッシングの競争時代に入っているといっても過言ではない。その意味で、各事業者は口をそろえて「この1年が勝負」としているのである。

ポスト地デジ時代の勝者となるためには

果たして、地デジ需要は一時のバブルに終わってしまうのだろうか。

事業者間の獲得競争が過熱すればするほど、完全移行後の反動が懸念される。これは通信事業者・CATV事業者のみならず、地デジ需要の恩恵に与っている全ての事業者が抱える問題ではあるが、少なくとも家電業界(メーカおよび量販店)には3Dテレビやブルーレイレコーダーなど後に続くことが期待される商材が見えかかっている。
一方で、2011年7月まで地デジ訴求による徹底した加入者獲得競争に努めた通信事業者は、それ以降はどのような成長戦略を描くのだろうか。2011年の8月以降も3ヶ月程度は引き続きの地デジ需要があると見られるものの、それ以降の打ち手が見つかっていないのが実態であろう。
その答えを探す上で、地デジ需要がもたらした大きな変化が鍵になる。家電量販店では、今でこそPCコーナーだけでなく、テレビコーナーでのFTTHとのセット販売が日常の光景となっているが、これは地デジ需要によってブロードバンドのサービス対象が「PCから家電にまで拡大」したことを意味している。いわゆる「ノンPCユーザ層」を開拓したことこそが地デジ需要が通信事業者にもたらした大きな変化であり、将来に向けての「資産」なのである。この資産により、通信事業者は今後の戦略を考える上で大きく2つの選択肢を手に入れることができた。

まず一つは、ユーザの地デジ需要への温度を最大限に活かす戦略である。具体的には、地デジ需要を契機として、新たにSTBとインフラを整備したことで実現可能になった、TVとインターネットをつなぐ付加サービスの提供であり、VODやYou tubeなどの映像配信関連サービスが挙げられよう。
もう一つには、ターゲットユーザを「世帯から個人」へと拡大する戦略である。近年、ポータブルオーディオやポータブルゲーム機が若年層の生活にすっかり溶け込み、スマートフォンやタブレット端末が飛躍的な普及の気配を感じさせるなど、ノートPC以外のモバイル端末による「個人単位でのネット接続ニーズ」が急速に高まっている。この流れは、従来の通信業界構造を一変させる可能性をも秘めたこの流れに対し、固定系通信事業者として「世帯から個人」へとターゲットシフトを検討することは、成長を考える上で自然な流れであろう。

地デジ需要というかつてない厳しい競争を経て、獲得した「ノンPCユーザ」と彼らを新規開拓した「経験値」を、確実に今後の競争力強化へと繋げられた事業者こそが「ポスト地デジ」時代の勝者となるであろう。
地デジ需要を単なるバブルで終わらせてはならない。

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