矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2026.01.05

EU自動車市場の再編と中国OEM進出― 規制・価格上昇・技術革新がもたらす競争環境 ―

弊社では2025年11月に市場調査資料「2025年版 車載Ethernet市場動向調査」を発刊した。その中で、EU(特にドイツ)のOEMが車載Ethernetを含むE/Eアーキテクチャ構築で大きく先行しているものの、特にEU域内における自動車ビジネスに於いて足元が大きく揺らぎつつあり、本項において解説の場を設けさせていただいた。

EU自動車市場では、電動化政策の加速と環境・安全規制の強化を背景に、車両価格の上昇と競争構造の変化が同時に進行している。従来の内燃機関中心の開発・生産モデルは限界を迎え、各OEMはSDV対応を前提としたE/Eアーキテクチャ刷新や車載Ethernetの本格導入を急いでいる。一方で、価格競争力と電池技術に強みを持つ中国OEMがEU市場へ本格参入し、欧州のOEMにとって新たな競争環境が形成されつつある。

車載Ethernet構築で先行したドイツ

ドイツの大手OEM(VWグループ、BMWグループ、メルセデス・ベンツ)は、他のOEMと比較して車載ネットワークの高度化で先行している。その背景には、単なる技術要因にとどまらず、EU特有の社会的・制度的要因、過去のパワートレイン戦略の反省、さらには欧州独自の自動車産業文化が深く関係している。

社会的・制度的要因として、EUは「欧州グリーン・ディール」の一環として、新車のゼロエミッション化を目標に温室効果ガス排出量の大幅削減政策を推進してきた。加えてEUは、環境規制、安全規制、データ保護規制(GDPR)を同時並行で高度化してきた地域であり、ADASや自動運転、OTAアップデート、サイバーセキュリティ対応(UNECE R155/R156)の導入を強く求めている。EUのOEM各社は、EUが目指す「ソフトウェア主導・データ主権型モビリティ」に対応するため、車載ネットワークの高度化、すなわちE/Eアーキテクチャの再構築を進めてきた。

パワートレイン戦略の観点では、ディーゼル依存とハイブリッド戦略の失敗が大きな転換点となった。ドイツOEMは長年ディーゼル技術で競争力を維持してきたが、ディーゼルゲート以降、急速な電動化とデジタル化への対応を迫られた。一方、日本OEMが強みを持つフルハイブリッド(HEV)分野では十分な競争力を確立できず、短期間でバッテリー式電気自動車(BEV)の量産化を進めざるを得なくなった。

さらに、欧州独自の自動車産業文化も大きく影響している。ドイツOEMはBosch、Continental、ZFといったTier1に加え、EthernetやTSNを得意とするIT・通信分野との結びつきが強い。また、技術開発と並行して規格化を主導し、業界団体を組織する能力に長けている点も特徴である。これは標準化によって市場構造を制御するというドイツ産業界に根付いた戦略的思考に基づくものであり、Tier1、半導体ベンダー、研究機関、さらにはEU政策とも連動することで、策定された規格がデファクトスタンダードとして定着しやすい。

総じて、ドイツOEMのEthernet開発における先行は、EU規制、過去のパワートレイン戦略の反省、そしてSDV時代を見据えた産業・社会構造の必然的帰結と言える。

2026年以降に本格化する新世代BEV競争

世界の自動車市場、特にEUでは2026年以降、BEVの存在感が一段と高まる見通しである。BMWやメルセデス・ベンツなどのドイツOEMは、中国勢や米Teslaに対抗する新世代BEVを相次いで投入する計画だ。共通の特徴として、800Vプラットフォームによる高効率化・急速充電対応、5G通信対応、OTAアップデート、ドメイン/ゾーン統合化、車載Ethernetを前提としたE/Eアーキテクチャ構築が挙げられる。
その代表格が2026年に導入されるBMW・ iX3であり、次世代アーキテクチャ「ノイエ・クラッセ」を初採用する。メルセデス・ベンツもGLC EV、CクラスEV、CLA EVなどの投入が見込まれ、新世代MB.OSとGoogleプラットフォーム、対話型AIを組み合わせたインフォテインメントを搭載する。

一方、中国OEMもEU市場への進出を着実に進めている。BYD(比亜迪)、SAIC(MGブランド)、Geelyなど複数ブランドが既に展開しており、2025年以降、中国ブランドの販売台数は大幅に増加する見通しだ。中でもBYDはBEVとPHEVの両方をラインナップし、競合車種に対して価格競争力の高い設定を行っている。さらにハンガリー工場の稼働を予定しており、現地生産によって関税を回避しつつ競争力を高める戦略を採っている。
GeelyはVolvoの買収を起点に、欧州OEMとの提携を戦略的に拡大してきた。Volvoでは電動化とプラットフォーム共通化を成功させ、メルセデスとはSmart合弁などを通じて小型EVとソフトウェア領域で協業、ルノーとは内燃機関・ハイブリッド事業で現実的なパワートレイン戦略を共有している。これらはGeelyが資本力と開発力を活かし、欧州OEMの構造転換を支えながら自社のグローバル競争力を高める取り組みとなっている。

これに対しEUは、貿易防衛措置として中国製BEVに対し27~45%の相殺関税を課している。中国政府の補助金により不公正な価格競争が生じているとの判断に基づくものである。

EU自動車市場との関連性

EU域内では自動車価格の上昇が深刻化している。CO2排出規制、Euro 6dおよび将来のEuro 7、安全規制(ADAS義務化)、サイバーセキュリティ規則(UNECE R155/156)への対応に加え、電動化コストや開発リソース不足によるラインナップ縮小・高付加価値化が進んだ結果、かつて約1万ユーロで購入可能だったAセグ車は、現在では1.6?2万ユーロ水準にまで上昇している。このため、一部OEMからはEUに対し、日本の軽自動車に相当する新たなコンパクトカー規格の策定を求める動きも出始めている。

一方で、車両のデジタル化・コネクテッド化が進む中、操作性や安心感への不満、個人情報の取り扱いへの懸念も根強い。シートヒーターやステアリングヒーターなど本来標準装備である機能をサブスクリプション化する動きへの反発も強く、OEM各社は必ずしも収益化に成功していない。最新技術の導入そのものではなく、コストとユーザーニーズを踏まえた実装が求められている。

このような状況下で、中国OEMが低価格なBEVやPHEVでEU市場に進出する意義は大きい。価格に敏感な消費者にとって、中国製自動車は無視できない選択肢となる可能性がある。また中国OEMにとっても、規制が最も厳しいEU市場での実績は、グローバル展開における品質・安全性の証明となり、ブランド価値向上につながる。

一方、ドイツOEMは中国における車両開発・生産の位置づけを大きく変えつつある。従来の「現地生産による市場対応」から、開発機能そのものを中国に移管・強化する方向へと戦略転換が進みつつある。中国は世界最大かつ最先端のBEV市場であり、車載ソフトウェア、車載ネットワーク、電池技術、開発スピードにおいて優位性を持つ。VWは中国でのEV開発拠点を拡充し、BMWやメルセデスも現地主導の開発を進めている。

もっとも、この動きはEUの技術主導権低下や地政学リスクを内包するが、ドイツOEMの中国シフトは、防御的対応であると同時に、EV・SDV時代を生き残るための現実的な戦略転換と位置づけられる。

まとめ

EUでは電動化の加速と規制強化を背景に車両価格が大幅に上昇し、従来の市場構造は大きく変化している。ドイツOEMをはじめとするEU域内OEM各社は、新プラットフォーム構築において車載Ethernetを中核とするE/Eアーキテクチャの刷新を進め、SDV対応を通じた競争力維持を図っている。

一方、中国OEMは価格競争力、開発スピード、電池技術を強みに、EU市場で急速に存在感を高めている。このような環境下で、ドイツOEMは中国における開発・生産の比重を高めつつ、地政学リスクと市場成長の両立を図る戦略を採っている。

日本市場において中国OEMが大きな市場シェアを獲得する可能性は必ずしも高くないが、EU市場では価格面を中心に中国OEMが参入・拡大する余地は依然として大きい。品質確保やディーラー網を含むアフターサポート体制といった課題を克服できれば、一定の市場シェアを獲得する可能性は十分にある。その場合、影響はEU域内OEMにとどまらず、日本OEMにとってもEU市場戦略の抜本的な見直しを迫られる要因となるだろう。

賀川勝

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賀川 勝(カガワ スグル) 上級研究員
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