矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2008.09.30

ある日つながる「エレクトロニクス技術の地下水脈」

コンピュータと自動車がつながった日

「来週から自動車をやってもらうから」といわれて一瞬言葉につまった。私は1986年入社以来コンピュータ市場を中心に調査してきたが、91年に先輩が急に某自動車メーカに転職することになったため、その後任として急遽転属が決まったのだ。

昨日までは汎用コンピュータやパソコン(PC)といった金物だけをひたすら追いかけていればよかったが、来週からは自動車である。自動車本体ばかりでなく部品、カーディーラ、化学素材、鉄鋼、部品用品、整備工場、リサイクル……と調査領域が多様で幅広い。しかも自動車は消費者向け製品であるため「デザイン」とか「ブランド」とか、ファッション業界かと思うような聞きなれない言葉が横行している(当時PCはほとんど企業内需要であった)。自分の目の前に自動車産業という巨大な魔物が立ちはだかった感じがした。当時の自己能力からするとあまりにもハードルが高く感じたため、とりあえず手で触ることができ、実感しやすいカーAV市場を調査した。

そんな92年のある日「アップル製MacPCに搭載されているソニー製CD-ROMがパイオニアのカーAVの一種であるカーナビにも載ることになった」という情報を得た。当時のPC市場ではマイクロソフトはすでに覇権を掌中にしつつあり、WindowsOS陣営という名の包囲網を作ってアップルを追い込んでいた。ところが先輩によれば「アップルはWindowsOS陣営に入らず、あくまでMacOS独自路線で進むことを決めたため、 WindowsPCとの差別化のためにCD-ROMを搭載。これによってPCの個人需要をも掘り起こそうと考えている」という。そして搭載のためのCD-ROM単価低下のために、ソニーはカーナビにも搭載しようと図ったらしい。

92年当時カーナビは100万円近くもする高額なカーAV商品であり、ほとんど普及していなかった。高額であった最大の理由は、地図システムのコストがかかったからだ。しかし92年以降、地図システムにCD-ROMが利用されることになり、カーナビの低価格化が急激に進み、市販カーナビは30万円台で販売されるようになった。

それまでにもエンジン制御やエアバッグ制御用として自動車がコンピュータを搭載していることは知識として持っていたものの、カーナビのCD-ROM搭載によって、私の頭の中でコンピュータの技術と、自動車の技術とは案外近いところにあるらしいことが実感としてわかるようになってきた。

これが私にとってコンピュータと自動車がつながった日である。

カメラと自動車がつながった日

2000年を少し越えたある日、自動車関連の展示会に出かけたところカメラメーカがブースを出していた。私は当時、カーエレクトロニクスに加えてCCD/CMOSカメラ応用製品市場をも調査していたため、たまたまブース内にいたカメラメーカの方に「なぜ自動車の展示会に出展しているのですか?」とたずねてみた。すると彼は「画像系製品は、テレビにせよカーナビ にせよ車載カメラにせよ、非常にコストがかかるため、当初は高額所得者が需要層になる。液晶テレビなら彼らの居間を狙うし、車載カメラアプリなら彼らの所有する高級車を狙うのです」と教えてくれた。

90年代後半にデジカメ、携帯電話へと広がったCCD/CMOSカメラ応用製品市場は、2000年代には自動車へ拡大するというのだ。カーナビの場合はアップルというPCメーカのサバイバルが普及に拍車をかけたが、車載カメラではカメラ市場のトップメーカが集まる日本から新しいカーエレクトロニクスを世界に向けて打ち出そうという狙いである。それは日本の自動車メーカが、欧米の自動車との技術的な差別化を図るための戦略でもある。2000年以降、カメラと画像処理による予防安全のアプリは国産高級車のほとんどにオプション設定されるようになった。

私の頭の中でカメラの技術と、自動車の技術とは案外近いところにあるらしいことが実感としてわかるようになってきた。これが私にとってカメラと自動車がつながった日である。

ソフトウェアと自動車がつながる日

2008年現在、自動車はミリ波レーダ、超音波、携帯電話などの通信系、またFM多重、デジタル地上波などの放送系メディアを搭載しはじめた。近いうちにWiMAXやNGNの技術をも利用していくことになる。自動車は情報通信技術の最先端を載せていくのだ。

またガソリンエンジン自動車からLiイオン電池などを利用した電気自動車やハイブリッドカーにシフトしていこうとしている。自動車は家電やコンピュータと同じく電池とモーターによって動くようになる。

もはや自動車そのものがエレクトロニクス製品となり、それらはすべて車載コンピュータ(ECU)が制御することになる。91年に自動車部門に転属されたものの、私は結局20年以上に渡ってコンピュータ市場をずっと追いかけていたのかもしれない……などと勝手に思ってみたりする。またエレクトロニクス技術というものは、地下水脈において思いもよらない他の領域とつながっており、その“つながり”はある日、非常にわかりやすい製品に姿を変えて市場に姿を現すのだ。私は91年に転属が決まったときに「高いハードルだ」と悩んだりせず、これから20年間以上にわたって続くであろう変化を楽しんでやろうと考えるべきだったのだ。本当に男らしい男ならそうしたのではないか。

加えるならばこれからの自動車では、車載コンピュータを制御するための組み込みソフトウェアこそが製品の優劣を決定することになる。低燃費で済ませるためには、できるだけハードは減らさなくてはならないからだ。すでに自動車メーカは、組み込みソフトウェアメーカを子会社として保有しているが、やがては自動車メーカの本業において組み込みソフトウェア事業の比率が非常に高くなるのではないかと考えられる。

なにせソフトウェアで勝負が決まるのだから、自動車メーカとしてはその勝負手は手放せないであろうから。やはり私は結局20年以上に渡ってコンピュータ市場をずっと追いかけていたのだろう。ただし人間を乗せて、時速100キロ以上で走るコンピュータの話ではある。

森 健一郎(モリ ケンイチロウ) 主席研究員
市場の分析は、数字だけには留まりません。得られた数字の背景には、開発担当のパッションや、販売担当のため息、消費者の感覚の変化・・・など様々な人間くささがあります。こうした背景を踏まえたコメントを丹念に拾い、市場の将来像を予測分析していきたいと考えています。

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