矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2023.11.09

パナソニックグループにおけるAIを巡る取組み動向――人材育成およびAIガバナンス

1.事業戦略

(1)事業戦略
パナソニック ホールディングスでは、デジタルやAIを通じてサプライチェーンやくらしへの貢献、理想の社会やくらしの実現に貢献すべく、モビリティやホーム、B2B領域まで幅広い領域で事業展開をしている。特にAIについては、2016年から事業をよりよくするためのツールと位置付け、AI人材を育成してきた結果、一定の成果を得たとして、2023年6月に新たなAI技術戦略を発信している。
具体的には、まず「Scalable AI」として、同社は幅広い領域で事業会社を保有しているからこそ得られる様々なデータを強みに、多様な事業・現場へ適したAIをわずかな学習データで素早く届けられるようにする基盤モデルの構築や、AIモデルを実世界の多様な機器で簡単に使えるようにするためのエッジAI、ロボティクスなどの技術により、AIの社会実装加速を目指している。 次に「Responsible AI」として、特に近年生成AIの社会への浸透を受け、AI活用に係る倫理面での課題に対する世界的な意識が高まるなか、 家電をはじめとした民生事業を手掛ける企業として人間中心のAI活用を実現するための責務を打ち出した。
同社におけるAIの活用体制について、ホールディングス内にテクノロジー本部 デジタル・AI技術センターを設置し、各事業会社の抱えるAIに関連する案件について支援する形で連携体制を敷く。このほかAI人材の育成やAI倫理のガバナンスなども手掛けている。

(2)強み
パナソニック ホールディングスは、強みとして、まずグループ全体で 1,500人に上るAI人材を抱えている点がある。過去にセキュリティカメラの開発を手掛けてきた人材がいるほか、ADAS向けには画像認識に長けた技術者も多いことから、特に画像認識を得意とする技術者が多い傾向にある。現在は、時系列分析などデータ分析の技術者の強化も進んでいる。
同社は、2016年ころからAI人材の育成に取組んでおり、レベルや分野に応じて画像認識技術やデータ分析を中心に多彩なカリキュラムを整備。グループ全体でAI人材を1,500人程度抱えており、そのうち、世界トップクラスのエキスパート人材も抱える。なお、同社のAI人材1,500人は、ライブラリを活用しPythonプログラミングができるレベルのエンジニアをさしている。

2.AI人材の育成方法

(1)概要
パナソニック ホールディングスでは、2016年のカリキュラム開始当初は、画像認識を中心にディープラーニング技術の習得に力を入れてきたものの、2018年からはデータ分析領域も強化しており、Kaggleの最高位であるGrandmasterの称号を持った社員によるハンズオンの講義や、クロスアポイントメント制度の活用で大学教授を招聘し人材育成を進めている。

(2)具体的な育成方法
具体的には、エンジニア向けに入門~エキスパートに至るまで5つに区分したレベルを設定し、レベルや分野に応じた研修を提供している。まず「入門」は新人研修の一環として組込み、デジタルネイティブな世代が増えているとして、AIについても新人の段階から最新情報を学ぶ機会を設けている。また、「基礎」~「実践」では、Kaggleの最高位であるGrandmasterの称号を持つ社員がデータサイエンティスト育成講座を用意。「上級」 では、応用講座として実務に生きるテクニックをコンペ形式で学ぶことで、実践力を養成するほか、OJTでより実践力を磨いていく。
そして最上位の「エキスパート」の育成に際しては、グループ横断型のエキスパート養成所として「REAL-AI」を設置。立命館大学 兼パナソニック客員総括主幹技師(クロスアポイントメント制度を活用)の谷口忠大教授や中部大学の山下隆義教授を招聘し、トップ人材の育成と先端技術の現場展開を加速させていく形で人材育成を進めている。
このほか事業会社を超えた社内のAI人材同士のネットワークを構築すべく、Kaggleコミュニティをはじめとするオンラインコミュニティ を設けているほか、年に1回の大規模なAIフォーラムでの技術交流会も実施。 また、社内イントラ内に誰でも気軽に技術相談ができる場を整備、エキスパートが対応するなど、グループ内でのAI技術者のレベルアップに関する環境を整備している。
こうしたエンジニアを対象としたAI人材の育成に留まらず、全社員を対象にAIを正しく活用し、顧客に価値を届けるためのリテラシー研修として「AI倫理基礎eラーニング」を提供、8万人が受講しており、今後、海外法人まで広げていく考えである。

【図表:AI人材育成プログラム】

【図表:AI人材育成プログラム】

出典:パナソニックホールディングス株式会社テクノロジー本部デジタル・AI技術センター、「第7回AI原則の実践の在り方に関する検討会 パナソニックグループにおけるAI倫理活動と課題」(2023年2月)より抜粋

3.AI人材の活用傾向および事例

(1)活用傾向
2018年以降、B2B系の事業会社がAI活用を多く手掛けており、例として空港での窓口係員の業務負担低減・効率化に貢献する顔認証ゲート や、問い合わせ窓口におけるチャットボット活用のように、コスト削減や業務効率化に関連した案件が多い傾向にある。
また、省エネ制御や故障予知などでは、従来、人が担ってきた業務をAIがより高いレベルで対応できるようになってきた点において、AIは「プラスアルファ」の位置づけにある。
また今後、民生機器向けでは「こんな機能があったら便利」などのニーズに応える形でAIの適用先が増えていくものとみる。ただし、適用に際してお客様価値とコストとのバランスをみていく必要があると指摘する。

(2)活用事例
育成したAI人材を積極的に活用し、全社のデータ活用による価値創出や底上げに貢献している。具体的には、工場や物流拠点、店舗等における人・モノの動線抽出・分析、レイアウト・工程・スケジュールの最適化により、業務のムダを発見・改善につなげる取組みを行っているほか、デバイス系を手掛ける事業会社では少量多品種を生産しているため、ニーズや社会動向等を踏まえたマーケット変動要因に基づく需要予測、製造状況の変動要因に基づく在庫予測が重要となる。
また、エアコンや業務用空調、冷蔵ショーケースなどを手掛ける事業会社では、省エネ制御や保守・メンテ時期の予測についてAIを活用しリモートで手掛ける取組みもある。このほか、AIを活用した新材料開発(マテリアル・インフォマティクス)やセキュリティゲートにおける顔認証技術の適用、IoTサイバーセキュリティなど幅広い領域で取組んでいる。

4.AIガバナンスに係る取組み

パナソニック ホールディングスは、民生機器を取扱っているため、よりセンシティブにAIの品質問題や倫理問題を取扱う必要があると認識。そこで2022年8月に顧客への約束としてAI倫理原則を策定、公表している。最近では生成AIが登場するなか、透明性や説明責任、顧客のプライバシー保護などの重要性が増してきている。
そうしたなか、同社では事業会社ごとの判断スピードを緩めることなく、かつグループ全体で必要なサポートを整備していく、メタ・ガバナンスの体制を採っている。サポートの一例として製品開発の各フェーズで活用することを想定した、AI製品・サービスの特性にあわせて必要十分なチェックリストを自動生成する 「AI倫理チェックシステム」を各事業会社に提供する。また、全社横断のAI倫理委員会では、全社の案件一覧を把握、高いリスクが予想される案件や相談があった際には早急に対応できるような体制を整えている。

山口泰裕

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山口 泰裕(ヤマグチ ヤスヒロ) 主任研究員
ITを通じてあらゆる業界が連携してきています。こうした中、有望な業界は?競合・協業しうる企業は?参入障壁は?・・・など戦略を策定、実行に移す上でさまざまな課題が出てきます。現場を回り実態を掴み、必要な情報のご提供や戦略策定のご支援をさせて頂きたいと思います。お気軽にお声掛け頂ければと思います。

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