矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2010.05.24

日本ICT産業に訪れた黒船クラウド、世界に向けてビジネスモデル開国を迫る

前門の虎“黒船クラウド”、後門の狼“アジア低コスト”

2010年、日本国民にとっての“黒船”とは、福山雅治主演の大河ドラマばかりではない。ペリー提督の黒船は江戸幕府に開国を迫ったが、2010年の黒船は日本ICT産業にビジネスモデルの変革を迫ってきている。
2008年を過ぎた頃からグーグル、アップル、マイクロソフト、シスコシステムズ、IBM、アマゾン・・・・・・等の米国ITプレーヤはサーバを中核に据えて「端末そのものに機能は不要だ」とばかりにPCや携帯電話、さらにはカーナビやカメラにまで向けて、様々な情報配信サービスを行う事業モデルを打ち出してきた。これがクラウドコンピューティングという名のもうひとつの“黒船2010”である。
この“黒船”は特に日本市場だけに押し寄せてきたわけではない。全世界的なコンピュータ環境の変貌ということだ。だが、日本エレクトロニクス産業にはこれまで高機能ハードウェア端末を主力製品として成長してきた歴史がある。それだけに「端末そのものに機能は不要だ。低価格であればいい」というクラウドコンピューティングの概念は、非常にショッキングで危機感をあおる“黒船”に感じられる。

今コンピュータネットワークの主な部分はほとんど米国・韓国メーカにおさえられている。CPUはインテル、OSはマイクロソフト、インターネットはシスコ、検索はグーグル、ネット通販はアマゾン、液晶は三星・・・といった具合だ。また端末機器は中国での低コスト生産が急増している。日本メーカはその間にちょこちょこと台湾メーカや中国メーカ、韓国メーカと競争しながら生き永らえているという状態だ。

クラウドコンピューティングにおいては、マイクロソフトのサーバセンタが野球場くらいの規模であることが報道されて日本人は度肝を抜かれた。今後、日本のITベンダはクラウドコンピューティング環境下でこのような米国ITプレーヤ達と技術競争をしなくてはならない。これではこれまで国内市場でなんとか生き残ってきたITベンダも、そのビジネスの多くの部分を海外メーカにもっていかれてしまうのではないかと不安になろうというものである。
また日本のエレクトロニクスメーカは、機能を大幅に削減した端末を超低価格で製造する中国・韓国等アジアメーカとコスト競争をしていかなくてはならない。
たとえ世界景気がさらなる回復を見せてきたとしても、とても楽観視できない。まさに前門の虎“黒船クラウド”、後門の狼“アジア低コスト”に挟まれた状態である。

こうした背景において、日本ICT産業は今、これまでの「高機能ハードウェア技術による端末を主力製品として成長」というビジネスモデルを打ち破り、新たな時代に突入しなくては生き延びることはできないであろう。まさしく「開国を迫られている」のだ。

車載クラウドで開国迫られる日本カーナビ

前述のように「開国を迫られている」のはPCや携帯電話ばかりではない。カーナビにおける「車載クラウドコンピューティング」においても同じことだ。グーグル、アップル、マイクロソフト等がサーバを持ちカーナビに地図などの情報をネット配信するようになれば、端末自体が地図を持つ必要がなくなるため、低価格なPNDやスマートフォンでもかまわなくなる。すると日本のカーナビメーカはコスト競争の中で、人件費の安いアジアメーカとの戦いに勝てなくなっていく。これではカーナビはまるで、かつて日本のPC市場を席巻したPC98のようではないか? 一時は日本PC市場の王様であったPC98であったが、やがてWindowsOSに対応したPCが出てきて、それがインターネットとつながった時、台湾で安く作られた海外PCにあっという間にシェアをもっていかれた。カーナビでも同じことが起こるのであろうか。

まさに今、カーナビの次世代機能として注目されているのは「インターネットとの連携」である。「クラウド」とも表現されるインターネット上の豊富な情報の中から、サービスセンタのサーバを通して、ドライバはクルマの位置や走行状態に応じて適切な情報を検索し、それをドライビングに活用できるようになる。ここにはIT業界のプレーヤが参入できる可能性が高いのだが、機を見るに敏な米国ITベンダが早速参入してきている。

とりわけ「グーグルマップス」「グーグルアース」といったグーグルの各種サービスとカーナビとの連携は注目を集めている。これまではPCで利用していたグーグルの各種サービスが、カーナビモニタの地図と違和感無く融合することで、店舗、行楽地、イベント、ホテル、パーキングなどの情報を得られるようになってきている。トヨタ、日産のような自動車メーカはもちろんのこと、パナソニックのようなカーナビメーカもグーグルとの連携サービスをスタートさせた。
この「グーグルマップス」はカーナビだけでなくPNDでもスマートフォンでも使える。「同じ機能が使えるのだから、少々モニタサイズが小さいけれど、スマートフォンで充分だ。何よりグーグルならばソフトは無料だし・・・」とユーザが考えることもあるかもしれない。

特に北米におけるアイフォンは、既にこのような車載での使用に向けて開発が進められている。日本市場ではハイエンドのカーナビが主役だけあって、スマートフォンの車載利用は軽んじられているが、将来はその方向に大きく動いていくことも考えられなくはない。というよりも、そのように考えて、カーナビメーカは不安ばかりを増大させてしまっているのが現状のようだ。

他国との共生意識の中から、変革の芽を育んでいく

だが、ちょっと待って欲しい。

まず車載クラウドコンピューティングについてだが、本当にナビ端末は全てスマートフォンナビひとつへ集約していくのだろうか? たしかにスマートフォンナビは低価格で普及しやすいともいえる。しかしひとつのプラットフォームに集約されてしまう事には下記2つの危険がつきまとう。

第一にセキュリティの危険があげられる。もし仮にスマートフォンナビのセキュリティホールが見つかり、悪意のあるハッカーが攻撃したら全てのシステムが一度で破壊され尽くしてしまう。人命に関わることにもなりかねない。やはりオールインワンのスマートフォンだけでなく、多様な機器が存在している事こそリスク分散のためには必要だ。

第二に紛失の危険があげられる。もしも全ての情報取得がスマートフォンで済んでしまうようになった場合、スマートフォンを紛失したらクルマも、財産も1度に失うことになりかねない。国家としては、そうした危険をできるだけ避けるような製品を民間に作らせ、民間に管理させたいはずだ。したがってナビ端末全てがスマートフォンの方向に向かうようなことはなく、単機能の端末がいくつも存在することになるのが順当なところであろう。

またエレクトロニクス産業全般についてだが、ここでは日本のライバルとなる他国について、単に脅威を感じるばかりではなく、その弱点をも合わせて見ていくような余裕が必要になってくる。相手の弱点を見抜くためには、日本とは逆の立場に立って考えてみることが重要だ。つまり米国、韓国、中国の立場に立ってみることである。
日本はこれまでのエレクトロニクス産業の歴史において、次から次へ、新しい技術をいくらでも開発してきた。そうした潜在的な能力をもつ国民なのである。

逆にすごいといわれている韓国メーカは、国を挙げての大がかりの仕掛けで強い。かつての液晶もそうだったし、リチウムイオン電池についても、国家事業として電池産業を育成の対象とし技術面、資金面で大きな支援を推進する計画だ。これは当たれば強いが、しかしひとつ間違えて別の流れにいく(たとえば次世代電池がリチウムイオン電池でないものになっていくなど)ともう取り返しがつかない。
また米国の某企業はそのビジネスモデルを広告と株価に置いているため、景気が悪くなって広告を取れなくなった場合や広告そのものが成立しにくいようなメディア環境になってきたら株価も暴落して厳しいことになるであろう。
中国に関していえば自ら新技術を創出する活動より、より早く他国の技術を取り入れ、あるいは他国企業を買収し、それを戦略的にビジネス化するという方向でばかり動いているようにみえる。
その意味で、米国・中国・韓国は日本の潜在的な技術力を羨み、そして恐れていると考えられる。
今マスメディアが「このままでは日本はクラウドという黒船にやられる!」とさわいでいるのは、民主党を牽制し、日本の技術力の本当のダウンを回避するための国家戦略のひとつといえるかもしれない。

それでは日本のICT産業はどの方向に向けてビジネスモデル再構築を推進していけばいいのか。これこそが当社情報通信・金融事業部の調査活動そのものであり、個別企画で対応しているため、ここで多くを書くことはできない。

それでも日々の取材活動を通していくつかのキーワードのようなものがあがってくる。たとえば半導体ビジネスについては「ハードのモジュールメーカとしてのビジネスへのシフト」といった声があがってくる。
組込みソフトウェアビジネスについては「ライセンス、パッケージ、検査ソリューションへのシフト」といわれる。
ハード端末ビジネスについては「サービス一体型のソリューションベンダへのシフト」や「エネルギー産業との連携」「音声や触覚などユーザインタフェースが決めて」などといわれている。
コンテンツビジネスについては「モバイルコンテンツ」や「双方向&ユーザ参加型」「ハード一体型」「コマース&クーポンが決めて」などといわれている。

さらに重要なのは他国を敵視するのではなく、共生するという意識が大切だという。「先進技術を低価格で製造しなくては生き残れない」のであるから、デザインやユーザインタフェースによって自社ブランド力に磨きをかけつつ、他国との連携によって低コスト化を図るというのが現実的な進み方であろうし、既に多くのメーカはその方向に向かっている。他国との共生意識の中から、余裕を持って変革の芽を育んでいくということなのであろう。

 

もっとも自らに技術力があるからこそ、他国メーカも連携しようと考える。その点から言えば、日本ICT産業の「次から次へ、新しい技術をいくらでも開発する」という潜在的な能力こそが決めてであり続けるといえるのかもしれない。世界に向けてのビジネスモデル変革といっても、日本の技術開発力を生かしたものであることは間違いない。

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