矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2009.12.21

「トータルネットワークサービス」実現で何が変わるか

活発化する公衆無線LANサービス市場

■サービス提供エリア、利用者数ともに拡大傾向
今、公衆無線LAN市場に注目している。
2009年に入り、東海道新幹線や外資系コーヒーチェーン等でサービス提供が開始されるなど、既存事業者の公衆無線LANサービスの提供エリア拡大が進む一方で、関西の電力系通信事業者が公衆無線LAN市場への新規参入を発表した。さらにその他にも「ポータブル無線LANルーターサービス」や、モバイルWiMAXを含むローミングサービス、そしてWi-Fi機能内蔵携帯など新しいサービスモデルが登場するなど、通信事業者サイドでの活発な動きが目立っている。

一方、ユーザ側でも、従来のノートPCやUMPCなどでのビジネス利用に加え、ニンテンドーDSやPSPなどのポータブルゲーム機やiPod touchなどのポータブルオーディオプレーヤをはじめとするWi-Fi対応端末の増加によって、公衆無線LANの利用シーンおよび利用者層が拡がりをみせている。

総務省によると、公衆無線LANの契約者数は2008年度で743万。2009年度に入ってキャリア契約ベースでの純増は鈍化傾向にあるようだが、Free Spotなどの無料サービスの増加の影響からか基地局ベースでは増加傾向にあることから、実質利用者ベースでも成長基調にあると見て間違いないであろう。

■公衆無線LAN市場拡大がここまで拡大した背景とは?
このような公衆無線LAN市場の動きの背景を、通信事業者側とユーザ側双方の視点で考えてみよう。
まず通信事業者側では、通信キャリアとISP事業者とで若干の違いはあるものの、主に

  1. サービス拡充による顧客リテンション維持
  2. 固定系通信および携帯電話の相互補完による新たな収益源
  3. 増加するトラヒックの分散(3Gから固定網へ)

の三つの狙いがあると考える。
また、ユーザ側では

  1. 外出先でも、より高速(広帯域)な通信をできるだけ低料金で利用したい
  2. 外出先でも、自分の好きな端末から気軽に簡単にネットワークに接続したい

という二つのニーズが公衆無線LANを利用する理由と考える。
以上のように、現在の無線LAN市場の動向からは、固定系通信と移動体通信それぞれにおける長所と短所を無線LANというサービスを介して補完したい、という通信事業者およびユーザ双方の狙いが見てとれる。 

「ポータブル無線LANルーター」「コグニティブ通信」に要注目

■接続ポイント探しからユーザーを解放する「ポータブル無線LANルーター」
さて、前述の通り、今年に入って複数の通信事業者から「ポータブル無線LANルーター」が相次いでリリースされている。このサービスは、WAN側のアクセス回線にFTTHなどの固定網ではなく、3GやPHSなどのモバイル網を採用することでルーター自体を“アクセスポイント化”し、持ち運び可能にしたものである。

この「ポータブル無線LANルーター」サービスにより、ユーザ側ではパスワードのみの簡単な接続設定など公衆無線LANの長所はそのままに、接続するポイントを探しまわるストレスから開放され、好きな場所で無線LAN環境を手に入れることが可能になる。さらに、複数のWi-Fi対応端末からの同時利用が可能なため、料金面でのメリットも大きいサービスである。

通信事業者におけるサービス提供の狙いは、大きく「顧客維持」と「顧客獲得」の二つが考えられる。「顧客維持」とは、既存ユーザに対する利便性向上によるリテンション。「顧客獲得」とは、主に現状の公衆無線LAN ユーザおよび宅内無線LANユーザの取り込みである。
現在、ポータブル無線LANルーターを提供しているのは、PHS事業者とデータ通信を得意とする携帯電話事業者、およびローミングプロバイダ(3GおよびWiMAXのMVNO)であり、いわゆる大手携帯キャリアやISPは展開していないことから、市場としては後者の顧客獲得による市場形成フェーズにあるといえる。

■1台の端末で複数の無線ネットワークを自動切換する「コグニティブ通信」
さらに、「ポータブル無線LANルーターサービス」に関連した動きとして、「コグニティブ無線通信技術(以下、コグニティブ通信)」の動向に注目している。「コグニティブ通信」とは、1台の端末で複数の無線ネットワークを自動的に切り替えながら途切れることなく通信ができるもので、利用者がいる場所の電波状況に応じて、WAN側の通信方式をWi-Fi、WiMAX、3G、PHSなどの複数サービスから最適なものを “端末(ルーター)が自動選択”する機能である。つまり、ユーザは設定と契約をしたあらゆるネットワークと繋がることができる環境を手に入れることが可能である。

通信市場は「トータルネットワークサービス」による競争フェーズへ

■通信サービスは“提供されるもの”から“選んで利用するもの”に
「ポータブル無線LANルーターサービス」「コグニティブ通信」の登場により、今まではインフラサービスとして事業者側から“提供”されていたサービスが、ユーザ側が自由に、“利用シーン”に合わせ、“複数の中から選んで”インターネットに接続できるという環境が整いつつある。
今後はさらに、ユーザ側での利用端末、利用場所および利用コンテンツ/アプリケーションは多様化していくことが想定される。それに伴いネットワークに対する要求も、ますます多様化・高度化していくことは明らかであることから、すべてのユーザのニーズに対して、通信事業者が単独のネットワークサービスだけで応えていくという発想は、もはや現実的ではないと考えられる。

以上のことから、「ポータブル無線LANルーターサービス」「コグニティブ通信」に加え、次世代PHSやLTEによるワイヤレスブロードバンドの高速化の進展によって、通信サービス間の垣根が低くなることで新たな競争環境が発生するなか、ユーザ側でも今までは固定系、携帯電話、公衆無線LANなど回線ごとに明確に棲み分けていた利用シーンをトータルで考えることになり、いよいよ本当の意味でのデータ通信サービスにおけるFMC(Fixed Mobile Convergence)が進展すると考えられる。

■「トータルネットワークサービス」対応が急がれる通信事業者
今後、通信事業者では、幅広い利用シーンを包括するサービスや新たな利用シーンの提案を通じた、付加価値の訴求によるユーザの囲い込み競争が加速すると考えられ、FMCの考えをベースにした「トータルネットワークサービス」をいかに提供していくかが重要となってくると考える。
トータルネットワークサービスへの対応の影響が大きいのは、固定網しか持たない通信キャリアである。今後、ユーザの利用シーンが、自宅やファストフード店など限られた場所(点)ではなく、いつでもどこでも自分がいる場所で利用できる「面」的な利用ニーズへの拡大が想定されることから、固定系通信事業者にとっては、MVNOスキームの活用などによるユーザのWAN側回線ニーズの取り込みが鍵になってくる。
すでに関西の電力系事業者では、FTTH、モバイルデータ通信、そして公衆無線LANサービスを展開するなど利便性向上に取り組み、着々と自社ユーザの囲い込みを行なっているが、逆に、対応しない(できない)事業者は、現在の顧客基盤を失うことになりうる状況が、現実となりつつある。

1ユーザーとして気になるのは「ワンストップ価格の実現」

最後に、ユーザの立場で一言述べたい。
今まで見てきたように、インターネットサービスが技術面やサービス面で利便性を向上させ、トータルネットワークサービスの方向に向かうことは歓迎すべきことであるが、やはり最終的に重要なのは、料金面でのさらなる利便性向上であろう。
具体的には、固定通信+モバイル+無線LANのトータルネットワークサービスが、「ワンストップ価格」で提供されることを期待している。契約、支払い、プラン変更などの各種手続きの煩雑さを解消しつつ、やはりまとめて加入することで価格面でのお得感を実感できるサービスには、どんなユーザであっても弱いものであろう。また、私自身もそうだが、自宅の固定回線は家計からの支出だが、携帯電話やデータ通信カードなどの支払い自分の財布からというユーザにとっては、ワンストップ価格の有難みは身にしみるものである。

さらには、自動車保険のように、利用目的や利用頻度などよって割引が発生するなど、柔軟な料金設定が出来るようになれば、さらにユーザの利便性は増すのではないだろうか。通信事業者の方々には、是非一度検討していただきたい。
また一方で、ワンストップという意味では、先の政権交代によって不透明になってはいるが、メガキャリアの「再々編」論議の動向が、気になるところである。

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