矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2018.06.29

「僕は嫌だ!」が開くMaaSの未来

当社では2017年7月から18年2月にかけて調査を実施し、市場調査レポート「2017~18年度版 コネクテッドカー市場」(下記2分冊)を発刊した。

①分析編 https://www.yano.co.jp/market_reports/C59105300
②戦略編 https://www.yano.co.jp/market_reports/C59105400 の2分冊。
プレスリリース;https://www.yano.co.jp/press/press.php/001783

同レポートの中で、自動車業界のプレーヤーのビジネスが自動車製造・販売事業だけでなく、カーシェアリング等モビリティ(移動性)を供給するためのサービス事業にシフトしつつあることを述べた。いわゆるMaaSである。自動車ばかりではなく、交通社会全体を制御し、やがては都市の在り方そのものまでを創造しようというビジネスだ。現在の自動車産業が見つめる未来には、こうした壮大なイメージが存在する。
だが、この壮大なイメージも、最初は二十歳そこそこの若者が作ったベンチャー企業が巨大な力に向かって「僕は嫌だ!」と抗うことから始まったにすぎない。

(注)当テキストには調査結果だけでなく、一部アナリストの想像を加えており、すべて裏を取っていない情報も含まれています

「僕は嫌だ!」が作ったカーナビ地図更新元年(1992年)

1992年がカーナビ元年である。この年、パイオニアが世界初のCD-ROMカーナビを発売。この時から「ナビ地図ソフトウェアは更新可能なもの」になった。当時すでに自動車 にはエンジン制御やABS制御などのソフトウェアは標準搭載されていた。だが、それらは車両に組み込まれたまま、車両の寿命と共に最後まで書き換えられることはなかった。 カーナビにしても、それまでは“30枚以上の高額ICカードに焼き付けるなどした地図”を車両の寿命と共に最後まで使い続けるしかなかった。

ところが92年にパイオニアがCD-ROM(ソニー製)を使用することにより「ナビ地図ソフトウェアは更新可能なもの」になった。つまりはCD-ROMさえ入れ替えれば「自動車に搭 載されるソフトウェアはPCと同じように書き換え可能」という決定的な一歩を踏み出すことになったのである。またそれまでカーナビは定価100万円近くしていた超高額品であ ったが、CD-ROMを使うことで一気に定価30万円を下回り普及の起爆剤ともなった。

パイオニアがソニー製CD-ROMを採用したのは、スティーブ・ジョブスという当時二十歳そこそこの若者が立ち上げたばかりのベンチャー企業にすぎなかったAppleが同社のPC「Macintosh」へのWindowsOS搭載に対して「僕は嫌だ!」と断固拒否したことに始まる。マイクロソフトは当時WindowsOSで世界PC市場の覇権を握りつつあった。だが、どうにもWindowsOSを受け入れようとしない目の上のたん瘤であるAppleをひっくり返そうと、あの手この手で攻め込んでいた。マイクロソフトは激しく詰め寄った。「もはや世界中のPCメーカはWindowsOSを基本OSとして採用した。君たちAppleもいいかげん観念してWindowsOSを載せたらどうだ」。その後の世界のPCにおいてWindowsOS がほとんど標準搭載されたことを考えると、当時かなり強大な反対勢力(Windows陣営と呼ばれていた)が圧力をかけていたであろうことは想像に難くない。だが、それに対してAppleは「僕は嫌だ!」とはねのけた。「僕は嫌だ!MacintoshはあくまでMacOSを使っていく!」と不協和音を恐れず突っぱねた。

巨大勢力相手にサバイバルするためにAppleは様々な戦術を図った。その中の一つに「マルチメディアPC」がある。当時のPCはもちろんインターネットのように外部とつながってはおらず、表示されるのは文字・数字のテキストデータだけ。そこでAppleは「マルチメディア」を標榜し、音と静止画・簡易動画を楽しめるCD-ROMを標準搭載することでMacintoshに独自性を出そうと努めた。顧客層としても、ごく一般的なオフィス用ではなくむしろ「I Love Mac」的なコアなファン層に狙いを定めた。そのCD-ROMの供給元であるソニーが単価を下げるべく、パイオニア製カーナビにも載せるべく図ったのである。これがカーナビへのCD-ROM搭載の背景だ。

1990年代の世界PC市場における両雄アップルとマイクロソフトの対立の火花が、遠く離れた東洋の島国ニッポンの、しかも車載機器にまで及んでいたということだ。Appleの、マイクロソフトという巨大勢力に対する「僕は嫌だ!」が、それまでは「組み込まれたままだった車載ソフトウェア」を更新可能なものに再定義したといえる(当社分析)。

カーナビ地図のネットワーク遠隔更新(1992~2007年)

その後カーナビ用地図ソフトウェアは、供給媒体を進化させ続けた。1990年代から2000年代にかけてカーナビ用地図媒体は、地図の大容量化と記憶媒体の大容量化の間でせ めぎあいながら、CD-ROM(1992年)→DVD(1997年)→HD(2001年)→フラッシュメモリ(2006年)と進化していった。

また、地図媒体とは別に、カーナビがインターネットとつながり、様々なアプリを展開できるようになったのもこの時期である。
1998年にはホンダが「インターナビ」サービスを開始。インターネットで検索した情報を一度サーバーへ保存しておき、カーナビ側からのアクセス利用が可能となった。
2002年にはトヨタがカーナビで「G-BOOK」サービスを開始。モバイル通信モジュール搭載でインターネットにつながり飲食店、映画館などのエリア情報やeメールの送受信が可 能になった。加えてカラオケコンテンツも用意された。

そして2007年に大きな変化が訪れた。トヨタがカーナビ用サービス「G-BOOK mx」において、世界で初めて地図差分自動更新システム「マップオンデマンド」を実現したのである(アイシンAWが開発)。ついにカーナビ地図は、ユーザーがディーラまで行って書き換えなくとも、モバイルネットワークを通して自動的に遠隔更新されるようになったのだ。

1992年におけるAppleの、マイクロソフトという巨大勢力に対する「僕は嫌だ!」を起点とした車載ソフトウェア書き換え文化は2007年に至って、記憶媒体を通しての更新から、通信ネットワークによる遠隔地からの更新へと歩を進めたといえるのではないか(当社分析)。

スマホOSベンダ強大化に対抗する走行系OTA(2008~2015年)

モバイルネットワークによる地図更新がスタートしたのが2007年。翌2008年夏、Appleがアイフォンを発売した。それまではビジネスマン中心に使われていたスマートフ ォンであったが、アイフォンのもつ「無数のアプリによる利用幅の広さと汎用性、わかりやすいGUI、操作をほぼタッチパネルに絞ることによるすっきりとしたデザイン」など によりコンシューマ需要がジワジワと増加。3年後の2011年から世界的にスマートフォンの市場規模が急拡大した。

スマートフォンの出現とともに携帯電話の競争条件が変わった。スマートフォンを駆動させるOSはGoogleの「アンドロイド」とAppleの「iOS」に二分されており、端末メーカーはどちらかのOSを使わねばならない。そのため、ガラケー時代は通信キャリアと端末メーカーが中心だった市場だが、スマートフォン時代はPCにおけるマイクロソフトと同じように、スマホ2大OSメーカーのほうに力関係が大きく傾いた。その流れは2018年現在も続いている。

この「携帯電話→スマートフォン」と同様な動きが、今後の自動車産業にもあてはまるのではないか。2015年から、米国OEMテスラ(EV専業の自動車メーカー)によるOTA(OTAとはOver the Airの略。ソフトウェア・アップデートのこと)が動き出した。テスラ車には定期的に新機能を追加するワイヤレス・ソフトウェア・アップデートが配信される。アップデートの準備ができると、車両のセンターディスプレイにお知らせが表示され、すぐにインストールするか、後でインストールする時間を設定するかを選ぶことができる。特に自動運転ソフトウェア「オートパイロット」を更新すると、時速150㎞までのオートステアリング、自動車線変更、車線逸脱警報、自動緊急ブレーキなどの走行系機能が上書きされる。カーナビ地図のような情報系ばかりではなく、走行系ソフトウェアまでが遠隔更新されるようになったのだ。自動運転カー時代になれば、保有年数10年間を同じソフトウェアで走り続けることは、セキュリティの面からも、リコール対策の面からもあり得ない。なぜなら同じソフトウェアではハッキングされやすいし、ソフトウェア・リコールが増えればそのたびに車両をディーラに運ぶのはユーザーにもOEMにもあまりに負担が大きいからだ。したがってOTAで上書きできる機能は必須となる。

こうしたOTAに強いのはOEMばかりではない。カーナビなどのアップデートでは、むしろセキュリティ対策やクラウド構築力に長けたGAFA(スマホ2大OSメーカー + フェイスブック、アマゾン)を筆頭とする米国IT企業達に強みが出てくる。さらにGoogle、Appleは自動運転技術さえも自身内に取り込もうとしている。今後、シェアリングカーが増えるようになれば、さらにIT企業が活躍できる分野は拡大していくものと考えられる。ちなみにGAFAにマイクロソフトを加えた5社は、世界企業時価総額ランキング1位~5位を独占している(2018年05月末時点)のだから、OEM等自動車業界企業はその資金力だけを見てもうかうかしていられなくなった。

ただでさえ自動車業界企業は、ガソリン車からEVに主役の座が入れ替わることになると、部品点数が「3万点→1万点」と激減して仕事量が減ってしまう。さらにEVはPCと同じモジュール製品であり中華系企業での製造が可能となるため、そちらへと仕事が流れていく事も考えられる。

では自動車産業では、このままスマートフォンと同じく米国ITベンダが勢力を増大させてしまい、もともとの自動車業界企業達はただただ押されていくのであろうか? 

実はそうとは限らない。米国ITベンダがやろうとしているのはエンタメ系や地図などの情報系OTAである。エンジンやシャシーなどの走行情報を解析することによるOTAは、やはり走りの技術に抜きんでたOEMをはじめとする自動車産業のプレーヤーでなければうまくいかないからだ。

1992年におけるAppleの、マイクロソフトという巨大勢力に対する「僕は嫌だ!」を起点とした車載ソフトウェア書き換え文化は2015年に至って、自動車でのOTA(遠隔地からのソフトウェア自動更新)を推進することにつながったといえる(当社分析)。

【図表:車載用ソフトウェア更新における利用媒体とサービス利用目的の推移】

【図表:車載用ソフトウェア更新における利用媒体とサービス利用目的の推移】

「僕は嫌だ!」が自動車産業と交通の在り方を更新する(2018~202X年)

Uberやリフト等のカーシェアサービス事業は、元々は通信モジュールを活用したアプリケーションであり、GAFAが得意とする分野である。2018年現在、自動車分野における GAFAの開発・実験・提携などの記事は毎日のように配信されてくる。しかし、だからといって自動車業界企業はただ指をくわえてみているわけではない。

実は現在、世界中のOEMはGAFAの動向を常にキャッチアップしながら、対抗策を次々と打ち出しながら生きている。既に2年以上前から、欧米主要OEM達は、OTA・シェアカーサービスなどに対して投資・買収・子会社設立など様々な方法で、自らのビジネスモデルを変えるべく試みている。

例えば独ダイムラー社は「Car2Go」、独BMWは「Drive Now」というカーシェアサービスを展開している。米フォード社は「Smart Mobility Plan」と呼ばれるモビリティサービス戦略を打ち出した。米GMはリフト、独VWはゲットといったカーシェアサービス企業に対して大きく投資している。

ところで日本は・・・・・どうか。日本企業としてはトヨタもUberへ投資している。だが2018年1月、トヨタは「CES2018」において、さらに大きな変容を世界に向けて見せつけた。コネクテッドカーサービスを活用し、移動・物流・物販と用途に応じパレットのように姿を変えられるEV試作車「e-Palette」を発表したのである。

「e-Palette」は、使用するユーザー企業の思うままにクルマをデザインしてしまう。例えば、宅配便などの配送用車両として使用する場合は荷物が多く載せられるように中をシンプルにする。移動店舗として使用するなら、商品陳列用に棚を配置する。ケータリング用なら中にキッチン。見てくれはクラウドによる液晶のデザイン変更でいくらでも変えられる。「移動オフィス」にしたり、「移動カジノ」にしたりもできる。朝は公共交通に使い、昼はケータリングに使い、夜はライドシェアに使うこともできる。それを自社だけでやるのではない。APIを公開することで、アプリケーションベンダを仲間に引き込もうとしている。彼らのソフトウェアの魅力こそが「e-Palette」の価値になることをトヨタは熟知しているから。まるでGAFA達がスマートフォンでやったのと同じようだ。

トヨタはもはや自動車を製造・販売するのではなく、移動するビジネスそのものを供給する企業、そのためにプラットフォームを提供しようとする企業に変貌しようとしている。もしもこの「e-Palette」が現実に動き出せば、トヨタを取り囲む多くの企業群、さらには交通インフラまでもが変貌を遂げることになりうる。「e-Palette」は単なるEV試作車ではなく、トヨタのMaaS戦略としての深い企みがあるように感じられた。おそらくはトヨタと同じことをVWもGMもやるのではあろうが・・・。

始まりは1992年におけるAppleの、マイクロソフトという巨大勢力に対する「僕は嫌だ!」を起点としたカーナビ地図ソフト更新だった。そのバタフライの小さな羽ばた きによる微風が、2020年代に至る長い時間を経て大きな季節風にまで成長し、「自動車産業と交通の在り方そのものを更新する」という『MaaSの未来』を形作ろうとしている 。

ただしカーナビ地図更新元年の時に日本企業と共に戦ったAppleは、今後はGoogleと並んで日本企業にとっては最も手強いライバルになるはずだ。

(注)当テキストには調査結果だけでなく、一部アナリストの想像を加えており、すべて裏を取っていない情報も含まれています。

関連リンク

■レポートサマリー
国内コネクテッドカー関連市場に関する調査を実施(2017年)

■アナリストオピニオン
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