矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2008.09.30

日本のICT産業発展の鍵は中小企業対策である

海外勢に完全に圧倒されている日本のICT産業

日本のICT産業の競争力の低下が叫ばれるようになって久しい。1980年代のパーソナルコンピュータの台頭と同時に、インテル、マイクロソフトにその覇権を奪われて以降、国内のコンピュータ産業全体も、総じて弱体化した。とくにPCに関しては、いまや参入企業も限定的であり、そこで大きな付加価値を獲得できている企業は数えるほどである。
また、かつて繁栄を謳歌した半導体産業に関しても、いつの間にか国内企業は一部のニッチな分野で存在感を示している以外は、アジアの競合諸国にその繁栄を譲ってしまった感がある。

ソフトウェア、サービスの分野はというと、それまでのハードウェアからいち早くソフトウェア、ソリューションに果実を求めたIBMに代表されるように、海外勢の後塵を拝している状況である。パッケージソフトの分野においても、マイクロソフトの寡占に陥っているコンシューマ分野はいうに及ばず、エンタープライズ系のパッケージソフトでも、海外勢に完全に圧倒されているのが現実である。

アルファベットICT用語の増殖が止まらない

こういった状況を受けて、ICT業界では、いつのころからかアルファベット3文字による略語が、国内においても当たり前のように使用されるようになった。ERPやCRM、SCMはいうに及ばず、最近では通信の分野でもFTTHやNGNなどの略語が当たり前のように幅を利かせるようになった。

この理由として、国内のICT企業の多くが海外との競争に敗れたことや、経済や国内企業のグローバル化のために、海外でも通用するこういった略語が便利であることなどが指摘できるだろう。逆に、世界的な競争で勝ち組となったトヨタの「カンバン方式」という日本語は、世界的に経営用語として通用するようだが、これは日本の自動車産業が国際競争に打ち勝った結果であり、国際競争力が言語の壁を乗り越えること自体はおかしなことではない。

仮にICT企業に関しても、海外展開を視野に入れ、意識的にこれらの用語を敢えて活用する分においては、グローバル競争上、必要な場合もあってしかるべきである。しかし、国内でICTを必要とするユーザー層にとって、こういったICT用語がいつの間にかICTそのものに対する敷居を高くし、あまつさえ離反すら招いている、というと言いすぎであろうか。

また、これらのICT用語について、単に利用されることが多いだけでなく、残念ながらこれらを代替して表現するための適切な日本語が見当たらないという点に、国内ICT産業の怠慢を感じるのである。国際競争上の結果として、海外からこれらの用語を受け入れざるを得ない状況に陥ったとしても、せめてそれを受け入れる国内においては、これらの用語を日本語に置き換えるような創意工夫がなければ、国内のICT産業は単なる植民地であるといわれても致し方あるまい。

行き詰まり感のある中小企業対策

一方で、国内のICT企業各社が、先行した大手企業のICT化ニーズによって潤った時代は昔のこととなった。すでに、本当にICT化が必要なのは大手企業から中小企業に移行しつつあり、ICT業界各社の関心も当然ここに移ってきている。しかし、中小企業のICT化対策は長年の課題になっているにもかかわらず、いまだに有効な推進方法に関して、即効性のある方策が見当たらないのが現実であるといえる。

そういったなか、これら中小企業へのICTの普及策について、業界ではかつてはASP、いまはSaaSに対して、非常に大きな期待を抱いている状況である。SaaSは初期のシステム投資が不要であること、またシステム担当の専門人材が不要であることなどという、企業体力が十分ではない中小企業にとって、極めて有効なソリューションであることは疑いようがない。ひいては、中小企業が重要な産業の下支えをしている日本産業においては、とくに有効なサービス形態であるといえるだろう。しかし、これまでのところ、こうした業界の思惑とは裏腹に、中小企業においてSaaSサービスが普及する兆しがまったく見られていないのが実状である。

SaaSが新たに中小企業市場を開拓する起爆剤になると期待する参入各社では、提供するアプリケーションの内容や価格の設定、対象とする業種や規模など、SaaSビジネスに関してさまざまな検討を行なっているようであり、このことからもその期待の大きさを窺い知ることができる。
しかし、私が現在もっとも必要であると考えているのは、そもそも中小企業に対してこのようなソリューションを提案する際に、SaaSという言葉を一切使用しないことである。そしてその代わりに、中小企業経営に提供できる利便性を、中小企業の経営者たちにも伝わりやすい簡潔な日本語で表現できる言葉を考案することが、大変重要であると考えている。

これまで、ICT業界全般に共通する重要な問題として、こういった視点が欠落しているように感じられてならない。ICTの知識に詳しくない中小企業の経営者にとって、ICT用語こそがICTの活用をもっとも遠ざける高い障壁になっていることを、国内のICT業界の関係者は正しく認識すべきである。もっとも利用してほしい中小企業に対して、いくらSaaSという言葉で利用を呼びかけても、さらに敬遠されることはあっても、普及に向かうとは到底考えられないのである。

中小企業へのICTの普及こそが業界発展への鍵

日本において中小企業にICTを普及させることは、業界の長年の悲願といってもよく、これが実現できれば、国内のICT産業界は新たなステージに立てるのではないか。またICTが、これまでの日本を支えてきたものづくり企業の業務革新と、それに伴う次なる発展に貢献できれば、日本産業全体の国際競争力も高まり、少子高齢化に悩む日本経済成長の新たな推進力になり得るのではないかとさえ考えている。

こうしたことを考えると、国内のICT企業はそれぞれが協調し、業界を上げてでも、国内の中小、中堅企業に対する取り組みを積極的に検討すべきであろう。そして、本当の意味で彼らに対して提供できるベネフィットとソリューションを、より具体的かつ分かりやすい言葉で展開すべき時が来ていると考える。
そして、そうすることで、ICT業界が日本の産業に密着した日本にふさわしい独立した産業として成長し、新たな発展に向かうことができるようになると期待するのである。

野間博美

野間 博美(ノマ ヒロミ) 理事研究員
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