矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2015.06.18

遺伝子解析ビジネスを発端として巨大なマーケットは生まれるのか? ――業界動向と経産省・厚労省の動向

遺伝子検査ビジネスが最近、話題になっている。国も経産省を中心に環境整備に乗り出したが、厚労省や医師会からは批判の声もあり、足並みがそろわない。今後、自動車保険など多岐にわたって応用が期待される中で、巨大なマーケットになりうるのか。今回、遺伝子検査ビジネスの業界動向と経産省・厚労省の動向について追った。

遺伝子解析とは

米女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが乳がんの遺伝子検査を実施した結果を受け、両乳房を切除したことでも大きな話題になった。実は、筆者も過去に取材を実施するにあたって(もちろん好奇心もあって)5万円の検査を受けたことがある。プロセスは至って簡単。企業のホームページでマイページを作成したのち、検査キットに唾液を入れて返送するだけ。1か月程度で検査結果が返ってくる。

検査結果は、「○○(病名)について、あなたと同じ遺伝子型を持つ人のリスクは平均の○倍(高いor低い)です」といった形で表示される。アジア系集団での研究の有無や根拠とする文献なども示される。また、心臓病など精神的負担がある病気の結果を見る場合には、「本当に内容を見ますか?」といった画面が出て、了承した上でなければ見ることができないなど、配慮もなされている。そして、重要なのは“データの信頼性”。この会社では同項目を「★」の数で示すことで、信頼性の程度を示すなど、さまざまな工夫を行っている。なお、結果項目は常に追加されていて、登録したメールアドレス宛てに随時、追加した旨の知らせが届く仕組みになっている。

さて、遺伝子解析はどのように行われているのか。簡単に説明すると2つのプロセスに分かれる。①唾液からDNAを抽出する分析ステップ、②分析結果から得られた膨大なデータを解析する解析ステップ。企業によっては、㈱DeNAライフサイエンスのように①と②のステップを一貫して実施するケースと、㈱ジーン・クエストのように①は大手分析会社にアウトソースし、②に特化することで強みを発揮するケースと、企業によって異なる。

遺伝子解析の業界動向と課題

筆者が受けた遺伝子検査は、東大発ベンチャーの㈱ジーン・クエストの「Genequest」。現在、㈱ジーン・クエストや㈱DeNAライフサイエンス、㈱ファンケルをはじめ、多くの企業が参入している。

彼らのビジネスは、大きく分けて2つ。1つは㈱ジーン・クエストのように解析を専門とするビジネスと、㈱DeNAライフサイエンスや㈱ヤフーのように遺伝子解析を元に、健康法や病気予防法といったアドバイザリーサービスなど多岐にわたって応用していくビジネスに分けられる。

もちろん、遺伝子解析を元にしたサービスは、こうしたヘルスケア内の範囲に留まらない。例えば、5月28日に㈱ロボットタクシーの事業説明会を開催した際に、㈱ZMPの谷口恒社長が説明資料の中で、㈱ロボットタクシーが将来的にさまざまな企業と協業しながら手掛ける自動車周辺事業の一つとして、“ヘルスケア”を挙げている。背景には、「ヘルスケア×自動車保険」など、今後、自動車をはじめ、あらゆる業界で応用していく狙いがあると思われる。

さて、気になる遺伝子解析の価格は、一般的に遺伝子検査は高くても5万円程度だが、今後、更に価格の低下が予想される。背景にはハード側の急激な技術進化に伴う価格低下がある。次世代シーケンサーを使った遺伝子解析は、1人の遺伝子を読むのに2013年は150万円だったのが、2014年には約30万円と1/5に急低下。ハードが下がる以上、サービスも価格を抑えていく、もしくは高付加価値で価格の維持が求められるだろう。また分析部分も汎用化されるため、解析部分やその先の応用サービスの差別化競争が激化していくことが予想される。

一方、研究途上な領域だけに課題もある。最も大きな課題は、私たち消費者の理解度。現在、米国と比べて日本人の遺伝子データ(母数)が足りないため、今後、母数が増えるにしたがって精度が上がっていくため、平均も変わる。つまり既に解析した結果が変わっていく可能性がある。企業各社は、解析結果が変わった場合にはユーザーに対して、解析結果のアップデートを行っていく必要があるとしている。

消費者からすれば「なぜ結果が変わるのか?」「リスクが高いとの結果が出たけど、どうしよう・・・」。そうした疑問や不安に答えようと企業各社はさまざまな取り組みを行っている。例えば筆者が受けた解析結果の中で書きました「★」。★の数を通じて、結果の信頼性を示している。★の数が少ないほど日本人の母数が少ないため、将来的に結果が変わる可能性があるというわけだ。業界や企業ごとにセミナーを行いながら啓もう活動を進めている。また、リスクに対する不安にも企業各社で専用窓口を設けてケアしている。

経産省による推進/厚労省・医師会による抵抗

こうした遺伝子解析ビジネスが登場する中で、環境整備に向けて国も動いている。平成13年3月には、文科省、経産省、厚労省が合同で「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」を、平成16年12月には経産省が「経済産業分野のうち個人遺伝情報を用いた事業分野における個人情報ガイドライン」を公表。平成26年2月には「遺伝子検査ビジネスに関する調査」と題する報告書も公表するなど、主に経産省が中心となって推進している。

厚労省は表に出てこなかったが、最近になって登場してきた。これまで厚労省が登場しなかった理由として、遺伝子解析サービスは「医療行為に当たらない範囲内」でサービスを実施しているため、経産省主導で進められてきたことが背景にある。

ところが、2015年2月に厚労省が主催する第14回 厚生科学審議会で遺伝子検査ビジネスについて取り上げられた。審議会の中では、遺伝子検査ビジネスについて問題点を挙げたうえで、北里大学の高田史男教授を中心に「遺伝情報・検査・医療の適正運用のための法制化へ向けた遺伝医療政策研究」を実施、調査結果をもとに提供体制などの法整備を進めていくようだ。

議事録の中では、特に同審議会委員の日本医師会・中川俊男副会長が遺伝子検査ビジネスに対して批判を展開。「遺伝子ビジネス自体を肯定的に捉え、どのように環境整備をすべきなのか議論するようにも見受けられるが、ちょっと違うのではないか」と発言するなど、これまでの経産省主導による推進に待ったをかける動きが出てきている。なお、同審議会の中で出された資料に記載されている問題点に対して、既に積極的に各社が取り組んでおり、詳細は省くが、高田教授の実態調査の中で明らかになるだろう。

今秋にも何らかの法案が出てくるといった情報も入ってきているが、厚労省や医師会の動きで一挙に遺伝子検査ビジネスが萎む可能性が出てきている。まずは高田氏の調査結果を待つと同時に今後の動きを見守る必要があるだろう。

影響は遺伝子解析ビジネスだけに留まらない

遺伝子検査ビジネスの立ち上がりに対して、厚労省や医師会が待ったをかける動きが出てきていると記述した。実はこの影響、遺伝子検査ビジネスだけに留まるわけではない点に注目する必要がある。例えば、㈱ロボットタクシーの将来的な構想の一つとしてヘルスケアが掲げられているように、応用ビジネスが広がってくる可能性がある。こうした周辺事業の動きにも少なからず影響が出てくるだろう。

昨今、ヘルスケアに留まらず、農業ICTやコネクティッドカーなど、ありとあらゆる業界がITを通じて、繋がり始めている。こうした融合産業を推進する上で、遺伝子検査ビジネスのように、場合によっては法律を含めた新たな枠組みが構築されていくことが予想される。

巨大なマーケットが生まれるか否か。利害関係者が増える中で、どのような最適解を見出すのか注目していく必要がある。

山口 泰裕(ヤマグチ ヤスヒロ) 研究員
ITを通じてあらゆる業界が連携してきています。こうした中、有望な業界は?競合・協業しうる企業は?参入障壁は?・・・など戦略を策定、実行に移す上でさまざまな課題が出てきます。現場を回り実態を掴み、必要な情報のご提供や戦略策定のご支援をさせて頂きたいと思います。お気軽にお声掛け頂ければと思います。

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