矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2015.06.04

ここ(HERE)が肝心、異業種交配による自動車新遺伝子(DeNA)サバイバル

当社では2014年11月から15年5月にかけて調査を実施し、市場調査レポート「2015コネクテッドカー/テレマティクス市場」 (「市場分析編」「企業戦略編」の2分冊)を発刊した。その半年間に世界のコネクテッドカー業界には大きな変化があったが、特に15年に入ってからの地図メーカーHERE(ヒア)買収騒動は衝撃的であった。今回のアナリストオピニオンでは、この買収劇(実際には買収が成立するか否か不明である)について考え、そのことを通してコネクテッドカー/テレマティクス市場の将来と日本企業の方向性について推定した。

HERE買収に名乗り出た超有名企業たち

HERE人気が止まらない。この原稿を執筆中の2015年5月時点では、毎日のようにHERE買収に関する記事がどこかのメディアに掲載されている。買収を表明した企業名は記事により様々だが、どれも世界的な超有名企業ばかりだ。HERE人気の高さがうかがえる。
HEREは現在ノキア(フィンランド)の地図部門である。かつでナブテックという独立した地図メーカーだったが、2007年にノキアに買収された。ノキアはかつて1998年から2011年までの間、世界でトップシェアのモバイル端末メーカーとして知られていた。だが、その後、アップルのアイフォンに王座を奪わる。既に2014年、ノキアはモバイル端末事業をマイクロソフトに売却してしまった。2015年に入り、さらに事業内容を通信インフラ設備に絞り込むべく、自社の地図事業部門であるHEREの売却を検討していると公表した。
HEREの評価額は2,000億円以上と言われている。Uber(ウーバー)は30億ドルで買収提案を行ったという。このように高額にもかかわらず、現在、あまりにも多くの企業・企業グループがその買収に名乗りを上げている。

それではどのような企業がなぜ名乗りを上げたのか・・・についてまず簡単にまとめていきたい。

まずはアップル、グーグル、マイクロソフト、フェイスブック、ヤフーなどの米国大手ITベンダ各社がいる。HEREを抱え込むことにより、自社のITサービスに地図技術の強みを付加し、そのことでITサービス事業をさらに強化する。それだけにとどまらず自動運転時代における自動車産業の覇者になろうと目論むであろう深慮遠謀溢れた最強企業たちである。
ドイツの高級車大手3社(アウディ、ベンツ、BMW)と、それを支援する中国の検索エンジン大手の百度(バイドゥ)の企業連合も名前も上がっている。この企業連合の思いはもっと切実だ。シリコンバレーの企業に自動運転カーの未来を牛耳られまいと防御策に打って出たものと考えられる。
韓国のサムソンの名前も出ている。アップルと並ぶモバイル界の強豪、アップルから本気で敵対視される企業だ。しかし、モバイル分野の限界を感じ、次世代目玉の事業分野としてウェアラブルと並んで自動車を何とかしようということか。それも自動運転カーからの参入を考えているのであろうか。
世界中のタクシー配車サービスで急進中のUber(ウーバー)が中国の百度(バイドゥ)や投資会社の英エイパックス・パートナーズと手を組んで買収に乗り出したとの噂もある。
他にも、アリババ、テンセントという中国2大タクシー配車サービス企業も名乗り出ている模様。

噂の真偽はともかく、とにかく大人気なのだ。日本企業の名前が無いことが気になったが・・。

HERE買収で、自動運転の未来を買う

このHERE人気の理由はどこにあるのか。

HEREといえば世界一のカーナビ地図メーカーで知られている。アンドロイドOSスマートフォンに搭載されているGoogle Mapsと比較するとサービス利用者数こそ劣るものの、HEREは北米と欧州の自動車5台の内4台に搭載されている世界最大のカーナビ地図メーカーであり、世界200か国において地図測量、地図作成、地図販売の事業を展開している。従業員は55か国で6,000人に及ぶ。
またここにきて自動運転カーに向けて、グーグルやTOMTOM、ゼンリン等と競合しながら高精度地図を開発中だ。HEREはOEMであるベンツ、Tier1であるマグネティマレリ、コンチネンタルと提携しながら、自動運転機能を含む地図ソリューション「HERE Connected Driving」を構築している。とりわけコンチネンタルとは、北米での自動運転実験のなかで連携を強めていく方針のようだ。

グーグルとHERE両者には大きな違いがある。グーグルは自ら開発した地図で自らの自動運転カー事業のみを推進していくのに対して、HEREは同じ技術を外部の企業と連携し、分かち合いながら自動運転カー事業を推進していく(もちろんそれなりの費用はかかってしまうのであるが・・・)。
グーグルはおそらくは今後も単独で自動運転事業を推進していくのであろう。外部企業とのM&Aを繰り返しながらではあるが・・・。完全自動運転のレベル4まで一気に駆け上っていくつもりだ。グーグルの高精度地図はそのためだけに使われる可能性が高い。
しかし、グーグルのひとり勝ちを許すのではなく、それに対抗していこうとするのであれば、世界レベルの3DMAPを手に入れなくてはならない。そのためにはHEREもしくはTOMTOMという世界的な地図メーカーと組まなくてはならない…という点がポイントだ。それゆえにHERE買収に名乗りを上げる企業がこれほどまでに多いのであろう。

名乗り出た各社がHERE買収により、手に入れたいのは自動運転の未来だ。そのための高精度地図だ。グーグル自身はともかくとして、それ以外の企業はすべて「グーグルだけを自動運転カー時代の勝者にするわけにはいかない」と考えている企業たちであることは間違いない。

ここでHEREの買収に成功した企業、もしくは企業グループこそが、2020年代後半以降に本格化するといわれている自動運転市場において、グーグルと並ぶ大きな存在として君臨できるのではないか・・・と考えられる。実際にはたとえHEREを買収しなくとも、様々な技術提携等により、トヨタなどはそうした存在になると思われる。また情報筋によれば、HEREの買収が成立しない可能性もあるようだが・・・(2015年6月3日時点)。

ビジネス階層別にみた、買収希望プレーヤとHEREの異業種交配予測

今回のオピニオンは、HERE買収の行方を占う事が目的なのではない。HERE買収における企業動向を俯瞰することで、コネクテッドカー/テレマティクス市場の将来と日本企業の向かうべき方向性について言及していくことが目的だ。
次の図「コネクテッドカー/テレマティクスのビジネス階層別参入ベンダ,HERE買収名乗り状況」を見ていただきたい。そこでは現在の世界テレマティクス・ビジネスを8つの階層(①地図測量/②地図作成/③車載プラットフォーム/④クルマのハード/⑤車載機ハード/⑥アプリベンダ/⑦クラウド/⑧異業種からの自動車ビジネス参入)に分け、それぞれの主要プレーヤを海外/国内ごとに明記した。8つのビジネス階層別にみた主要プレーヤの名前をあげ、そのうちHERE買収に名乗りを上げたプレーヤ名を赤字で記した。なんと海外の主要プレーヤの半数以上が買収表明していることがわかる。逆に国内の主要プレーヤで買収表明している企業は1社もない。

【図表:テレマティクスのビジネス階層別参入プレーヤ,HERE買収名乗り状況】

【図表:テレマティクスのビジネス階層別参入プレーヤ,HERE買収名乗り状況】

矢野経済研究所作成

図によれば、HEREの事業領域は①②⑦⑧であり、将来的には位置情報アプリのクラウドサービス⑧にも注力していく模様。
Googleは①②③⑦⑧が事業領域であり、ハード④⑤と(一部のアプリ⑥)以外の階層は、ほとんど自社内で技術を保有していることがわかる。HEREの事業領域とほぼ重なっている状況だ。したがって、HEREを買収したとしても、自社が既に保有しているビジネスの強化、もしくはライバルのビジネスを阻害するため、ということになる。
アップルはGoogleに比べると、ハード④⑤と(一部のアプリ⑥)に加えて地図測量①・地図作成②の階層も持たない。ここではHEREの技術①、②、と③の一部をうまく融合(異業種交配)させることで、大きく役立ちそうだ。
Google、アップル以外のクラウド階層⑦のITベンダの狙いは、主には地図技術を用いてのスマートフォンアプリやSNSアプリの強化であろう。だが、各社とも自動車ビジネスに対して水面下での接近を試みているようだ。マイクロソフトはもともとWindowsAutomotiveで車載機OS事業を進めていたし、アマゾンはネット通販ユーザに荷物を運ぶ商用車用車載機を作っている。ヤフーは2014年、日本においてスマートフォンナビアプリ「ヤフーカーナビ」事業をスタートさせている。⑦のプレーヤはHEREとうまく融合(異業種交配)させることで、その事業のスピードを高めることが可能となる。
クルマのハード④、車載機ハード⑤階層のプレーヤにとっては、自動運転時代の高精度地図は必要不可欠な技術である。完全に生命線となる技術と言っていい。したがって、ハードのプレーヤ④⑤はHEREを手に入れ、うまく技術と事業を融合(異業種交配)できれば、サバイバルできる可能性が格段に高まるばかりではなく、世界中の競合自動車メーカーに大きく水をあけてリードする事が可能になる。ここの階層のプレーヤが最も強くHEREを求めているのではないか。
意外だったのは「異業種からの自動車ビジネス参入(もしくは投資)」の階層のプレーヤ⑧が、アップル・Google以外にも、HEREを求めていることだ。⑧階層で名乗りを上げていたプレーヤにはタクシー配車サービス事業者が多かった。つまり米国のUber、中国のアリババ、テンセントである。全体的にテレマティクスサービス事業はなかなか利益をとれないでいるが、タクシー配車サービスは多くの問題(タクシー事業者との法廷闘争など)を抱えながらも、確実に市場は世界的に拡大している。
⑧階層のプレーヤ達はサービス事業から自動車産業に入り込み、やがて自動運転事業に近づいていくものと考えられる。そこでの自動運転事業とは、自動運転車両の製造販売ではなく、クラウドを活用した自動運転サービス事業になる。次世代自動車産業は自動車の製造・販売から、自動車周辺のサービス業へシフトしていくといわれている。日本でも2015年5月に、DeNAとZMPが合弁会社「ロボットタクシー」を設立したが、これは自動車運転技術を利用した旅客運送事業という事である。「ロボットタクシー」の事業内容としては、自動運転サービスとタクシー配車サービスが並列に並べられている。同社にとって、自動運転は車両製造業ではなく、クラウドサービスの一種ということになるのではないか。

日本企業も「異業種交配」に可能性

こうしたHERE買収劇周辺における企業の動向をみると、今後の自動運転時代を迎える自動車産業において生き延びるためには、自動車④、車載機⑤、車載プラットフォーム③、地図①②、クラウド⑦、サービス⑧、アプリ⑥・・・という「異業種交配」が重要であることがわかる。自社の持つ技術やノウハウだけではハードルを越えにくいばかりでなく、激烈な競争に打ち勝つためのスピードが不足してしまうためだ。EVと、自動運転用センサと、AIと、クラウドを同時に開発するなどはGoogleですらできないだろう。買収する側は、「金で時間を買う」というつもりではないのだろうか。そして、自社ができないことを提携もしくは買収による他社との連携にて埋め合わせする「異業種交配」ともいえる連携こそが、自動運転時代の自動車産業でサバイバルするための方法論なのではないか。交配した後には、これまでの製造→販売ではない新たな自動車産業遺伝子が生まれることになる。
こうして考えた時、このHERE買収劇周辺のストーリーに、日本企業名がまったく出てこない事が少々気がかりになる。世界的なコネクテッドカー/テレマティクス市場において日本企業は、企業同士の高度な駆け引きを伴う社交界に今一つ入り込めないでいるのであろうか。
もっとも前述のDeNAとZMPによる合弁会社「ロボットタクシー」設立のように、日本国内においても、自動運転周辺での企業連携が動き出している。「ロボットタクシー」は自動車運転技術を利用した旅客運送事業というサービス事業をかかげており、まさしく異業種交配により、自動車産業に新たな遺伝子(DNA)を生み出したかのようだ。
日本市場におけるこうした技術と事業における異業種交配は、これまでにも多数存在していた。ここ最近に公表されているケースだけでも、トヨタはマイクロソフト、SFC、ドコモなどとの提携を推進してきた。ドコモ、パイオニア、オートバックスセブン、全日本ロータス同友会、ブロードリーフらによる「次世代オートアフタービジネス研究会」もある。ドコモは国内テスラに対しても提携を進めた。パナソニックはフォードのテレマティクス・プラットフォーム「SYNC3」を米国で立ち上げた。ソフトバンクは米国において通信キャリアを買収し、中国においてアリババに投資し、アジアにおいてタクシー配車サービス企業に投資している。ここでは書かないが、日本企業がからんでいる異業種交配の事例はまだあるはずだ。
日本企業は派手なアクションこそないが、静かに、水面下において、世界のコネクテッドカー/テレマティクス市場での「異業種交配」を推進しているのではないか。そして、虎視眈々と自動運転時代の自動車産業サバイバルを成し遂げる準備を進めているのであろう。
それはトヨタのような大企業によるビッグビジネスであろうか、あるいはZMPのような新進気鋭のベンチャーが勢いよく突っ込んでいくビジネスであろうか。むしろ筆者の様な素人には、後者のほうに強いインパクトを感じてしまう。
今回は海外のHEREを中心に書いたが、日本企業の可能性も実は大きい。異種交配により、新たなビジネスモデルが自動車産業の周辺に生まれてくる。今、手をこまねいていたのでは、世界のスピードに追い付いていけなくなる。DeNAというモバイルゲームと横浜ベイスターズで有名な企業が、思い切って自動車産業に飛び込んできて、ためらわずに手を握り合うZMPという自動運転カー用ソフトウェアメーカがいた。その事が、筆者に向けて与えたインパクトは強烈であり、HERE人気に対抗できる数少ないニュースであったと感じた。

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森 健一郎(モリ ケンイチロウ) 主席研究員
市場の分析は、数字だけには留まりません。得られた数字の背景には、開発担当のパッションや、販売担当のため息、消費者の感覚の変化・・・など様々な人間くささがあります。こうした背景を踏まえたコメントを丹念に拾い、市場の将来像を予測分析していきたいと考えています。

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