クラウドとモバイルの普及により、「クラウドファースト」「モバイルファースト」の概念が浸透している。
クラウドとモバイルへのシフトは鮮明だ。企業の現場ではまだオンプレミスのシステムをパソコンで利用するスタイルが主流だろうが、新しくシステムを導入する際には、必ずやクラウドという選択肢が入り、スマートフォンやタブレットの利用場面も急増しているだろう。また、その二つは別々に進行しているわけではなく、モバイルアプリの多くはクラウドによって利便性や拡張性を確保することで利用が拡大しており、車輪の両輪のように密接な関係の中で進展している。
昨今目立つのは、初めからクラウドファースト、モバイルファーストを前提とした新興のベンダーの活躍である。幅広い企業からの支持を得てすでにクラウド市場の一角を占めるセールスフォース・ドットコムは典型的な成功企業といえるが、国内でもクラウド・モバイルを前提とした新しい企業が多数登場している。会計クラウドのfreee、名刺管理システムのSunSunなどは好例であるが、オンプレミス型の製品が多数あり飽和市場とみえた市場で、クラウド、オープン化、自動化など新しい価値を提供することで支持を得、成長を遂げている。
これらのスタートアップ企業が提供するサービスは、大手企業が手掛けてこなかった、または気づかないところにニーズを発掘している。一例にSMB(中小企業)市場の獲得がある。
SMBは企業数が多くITの活用がまだ進んでいないためポテンシャルが大きいが、成約率が低く、1社あたりの売上が小さく、販売やサポートに手間がかかる。SaaSによって新たな顧客層としてSMBの獲得を目指すITベンダーは増えているが、営業部隊が販売するのは非効率的であり、販売価格が安いため営業のモティベーションもあがらない、顧客が増えないので黒字化しない、などの課題を抱えている。つまり、SBMは一般的には「儲からない」市場になっている。
他方で、スタートアップのサービスは、「これまで大手企業向けだったITサービスを、SMBでも使えるものとする」という理念に基づいて提供されているものも多い。低価格であり、初期投資が不要なクラウドであり、モバイルを使って便利に使うこともできることから、SMBでの利用に適しているのである。
ITベンチャーとしても、大手企業と同じセグメントで正面からの競合することを避け、ブルーオーシャンとなっているSMBをターゲットとすれば、有利にビジネスを展開することができる。身軽なベンチャー企業だからこそ、「儲からない」SMB市場に入り込み、薄利多売により実績をあげれば、敵が少ない中でいち早くシェアを獲得することも可能となる。
クラウドとモバイルによるIT市場のパラダイムシフトは、IT市場の構造やプレイヤーの動向にも大きな影響を与えている。矢野経済研究所のレポートは、大手企業でよく利用頂いており、このテキストをお読みになっている方も、ベンチャー企業より大手IT企業勤務の方のほうが多いと推測する。しかし早晩、クラウドとモバイルの波は、基幹系システムやバックエンドシステム含め例外なく押し寄せるだろう。クラウド化、コモディティ化、自動化などの進展に伴い、顧客の予算は削減され、SIの案件規模は縮小し、プロジェクト期間の短い案件が増え、プロダクトは価格競争に晒されている。
既存ベンダーとベンチャー企業では、収益モデルや既存事業の有無等の事業構造が大きく異なる。しかし、これまで受託開発とハードウェア販売で安定的な地位を築いたIT企業も、現在の大きな変化に向き合い、新しいビジネスモデルの構築を検討すべき時期はもう訪れているといえるだろう。
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