矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2013.05.27

こんなに違う、インドのEC事情

家電・日用品・書籍・食料品から旅行・教育などのサービス、音楽・映画などのデジタルコンテンツまで、今やオンラインで買えないものを探す方が難しい程、EC(e-commerce)はずいぶんと身近なものになりました。昨今は、Stores.jpやBASEなど個人や小規模事業者でも簡単にネットショップが作れるサービスも登場し、決済プラットフォームサービスも充実して、ECサイト構築におけるハードルもますます下がっています。
ところで、世界に目を向けてみると日本とはまったく違う景色が見えてきます。新興国の中でも成長著しい消費市場として注目されるインドもそのひとつです。

急成長するインドEC市場、ただし80%は旅行・チケット取引

IAMAI(Internet & Mobile Association of India)・IMRB(Indian Market Research Bureau)によると、インドのEC市場規模は2013年で約6,297億ルピーになると予測されています。ところで、その内訳を見ると、その80%近くがTravel (air tickets and rail tickets booking)です。インドは対日本比で約8.8倍にものぼる巨大な国であり、国内外移動のための交通チケット購入・予約の需要は非常に大きいものがあります。

一方で、電子機器やアパレルなど物販系は20%程度です。インドのEC事業者はFlipkartやSnapdealなどのローカル事業者のほか、2012年にはAmazon(Junglee.com)も参入をしていますが、多くはここ3~5年で立ち上がったばかりの企業が多く、物販系はまだこれからの市場です。

ちなみに、食品類はインドではオンラインではあまり扱われていません。背景にはインドの家庭事情があります。インドの若者は結婚後も親や祖父世代含めて同じ家に同居しているのが普通であり、核家族はあまり多くありません。食料品に関しては、両親や祖母などが近所のストアで日々調達するスタイル・習慣が根強く残っているのです。
Flipkartへヒアリングした際、彼らは「インドではオンラインの食料品販売はうまくいかない」との見解を示していました。食料品の取り扱いをするには(冷凍設備を備えた新倉庫を確保するなど)投資コストが非常に高く、前述のとおり需要自体も見込みにくい点をその理由として指摘しています。

頼んだ品が届いたら壊れていた!? いつ届くかわからない!?

インドで物販系のEC市場の成長課題のひとつはインフラです。インドでは国土が広大な上に物流事情が悪いので配達の指定が簡単ではありません。道路事情も悪いため配達過程の振動や梱包の甘さなどで「届いたら壊れていた!」なんてことも日常茶飯事とのこと。
そのため、前述のFlipkartなどは自社グループで物流会社を保有し、配達のハブとなるデリバリーセンタをインド全土で約250箇所確保し約90%を自前で配送・管理しています。

決済インフラも普及途上です。インドでのクレジットカード保有者は約10%未満、銀行口座保有者は50%未満です。したがって、現状はインドでのECはCOD(cash on delivery)の取引が普通です。インドEC事業者のRock.inは約70%、Snapdealも取引のほとんどがCODだといいます。
背景にはショップの信頼性の問題もあります。インドではリアル店舗においてさえ、詐欺・粗悪品の流通が珍しくなく、どこでも信頼して商品が買えるというわけにはいきません。ましてオンラインショップでは商品が正しく届くか、本物か、破損はないかなど安心・安全性に関して消費者が負うリスクは大きく、先払いに対する警戒感も非常に大きいものがあります。
インドにおいて、日本のように安心してサービスを享受でき、リアル店舗で購入するのと変わらない品質や、即日配達を期待するのは非常に難しいわけです。

オンラインショッピングはオフィスアワーに

ところで、面白いことにインドの複数のEC事業者が「自社サイトのピークタイムはオフィスアワー(9時~17時)だ」とコメントしています。サイトのアクセスだけではなく、配達先も会社指定が多いとのこと。ビジネスパーソンには、会社で注文して会社で商品を受けとるようなスタイルが浸透しつつあるようです。
これはインドのインターネット事情も要因のひとつでしょう。インドのアクティブインターネット人口は2012年末で1億2,000万人(人口の約10%)とされていますが、個人世帯でインターネット環境があるのはまだメジャーではありません。インターネットアクセスには、CSC(Community Service Centres)やインターネットカフェ(Cyber Cafe)、大学・学校など自宅外の場所がよく利用されています。
ラップトップの普及率が高いのも、こうした自宅外からのアクセスが多いからです。

なお、モバイルの契約数は9億4,000万を超えていますが、いまだ2Gが主流でありモバイルインターネットの利用者は約6,000万程度と推計されています。Androidベースの安価なローカルブランドのスマートフォンが登場するなど、スマートフォンの普及も進みつつありますが、モバイルの利活用分野ははまだこれからといったところです。実際、各社へのヒアリングでは主要EC事業者におけるトラフィックの90%はPC経由であり、現状はモバイル対応よりPC対応を優先されている傾向にあります。

※出展:IAMAI

日本の成功事例、そのまま輸出は困難

外資規制なども含め、課題も多いインドのEC市場ですが、もちろん成長分野であることは間違いありません。物流・決済・インターネット環境などの物理的な阻害要因は中長期的には改善されていく方向にあります。中間層は伸びており、人口約12億の70%が40歳以下と若年層人口比率が高く消費市場としても有望です。低価格のタブレットPCが登場し、ラップトップに変わって普及する兆しもあります。
ちなみに、デリー、ムンバイなどインドの都市部では激しい交通渋滞が有名ですが(私も昨年ムンバイに調査で訪れた際、車で1~2時間閉じ込められて、調整したアポイント時間が頻繁にずれました…。)、都市部の消費者においては、ECはこうした交通事情による買物の不便さを解消するものとしても、大きく期待されています。

ところで、インドでは数あるインターネットサービスの中で、ソーシャルメディア・ソーシャルツールの利用率が非常に高い国でもあります。数年前まではOrkut、現在はFacebookが急速に普及しています。FacebookのID数は2012年末で6,000万を超える規模にあります。SMSの利用率も高く、インド人は基本的にコミュニケーション好きです。
一方、詐欺などのトラブルが多い国でもあり、友人・知人からの情報やリレーションを非常に大事にするので、ソーシャル対策・クチコミ対策がインターネット先進国以上に重要な戦略のひとつとなっています。決済のハードルやインフラ面などを考慮すると、インターネットサービスとしてはオンラインで完結させるのではなく、O2O(Online to Offline)的なアプローチも有効でしょう。

一口にインドと言っても広大で、北と南、あるいは都市部とルーラルでは、言語も民族も、社会環境・商習慣・生活スタイルなどもまったく違います。まして日本とは消費傾向も大きく異なります。インド進出においてはローカライズなど考慮すべき点は東南アジア各国や中国以上に複雑な面もあり、現地調査に加え、地場企業とのアライアンスなど含めたローカライズ戦略の構築が極めて重要です。

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