矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2012.10.19

アジアへの注目が高まる中、IT業界の「グローバル化」の真価を問う

何のための海外進出か、目標を明確にすべき

ITベンダーの経営方針や中期経営計画には、「グローバル化の推進」「海外事業の拡大」といった言葉が頻出する。その後に続く「企業の成長のため、アジアを中心とした新興国で新たな市場を獲得する。」というコメントは、日本の産業全般に共通するテーマであるが、製造業や流通業に比べるとIT業界の出足は鈍い。社長のインタビュー記事でたいへん積極的な発言を読み取材を申し込むと、「まだ具体的にお話しできる段階に至っていないので…」と断られることも多いのである。

「グローバル化」という時、何のために海外に出るのか、目標を明確にすべきであろう。海外に進出するユーザー企業への対応に迫られているから、つまり既存顧客層の外部流出を防ぐためか。または、海外に市場を求め、新たな事業の柱とするためなのか。 ITベンダーが海外事業に乗り出す大きな理由の一つは、ユーザー企業の海外進出だ。海外でのシステム導入やサポートが行えないベンダーは、パートナーとして選ばれなくなっているという現実がある。彼らの海外拠点でのIT投資はビジネスチャンスではあるが、国内事業を弱体化させないためにやらざるを得ないという側面もある。
その結果、「①まずはクライアントについて海外に出ていく、②日系企業の顧客を徐々に増やし、③いずれは現地市場も獲得することを目指す。」というどちら付かずの姿勢になりがちだ。ところが海外事業に取り組むベンダーの状況を見ると、「②日系企業の顧客を増やす」という段階で足踏みしており、さほど容易に事は運ばないようだ。海外売上比率は数%に留まり、利益は出ず、国内で得た利益を海外に投資する構造となっている。それでも、5年、10年と我慢して、徐々に現地企業向けのビジネスへと舵を切る覚悟と体力があるのならばよいのだが、いっこうに売上が上がらず黒字化しないからといって早晩撤退する企業も出てくるのではないかという印象さえ持っている。
上場企業のIR資料を見ると、海外事業の中期目標は概ね10%程度であるが、10%が企業成長を支える事業の柱と言えるかも疑問である。近視眼的な「グローバル化」には危うさを感じる。

ITベンダーは日系企業依存から抜け出せるか

2012年9月にASEAN(シンガポール、インドネシア)で現地調査を行った。ベンダーの動向を見ると、富士通は日本で大きな顧客基盤を持っている強みがあり、海外日系企業が主要な事業領域となっている。NRI、SCSK、新日鉄ソリューションズ、ISID、東洋ビジネスエンジニアリングなども日系企業向け事業が中心となる。NTTデータは買収した企業を接点に、マルチナショナルカンパニーや現地企業をターゲットとする。NECは指紋認証などのソリューションで現地のニーズを獲得している。日立ソリューションズやCTCも、買収や資本提携を契機に現地市場へのアプローチを進めている。全体の傾向では明らかに日系企業依存の体質となっている。
他方、ユーザー企業側の視点で調査を行った結果では、日系企業が日系ITベンダーを選ぶモチベーションがこれ以上高くなることはないと推測された。ある大手製造業の日本人IT責任者は「現地ベンダーの技術や品質は高く、日系ベンダーを使う理由は特にない。」とコメントした。実際、現地大手ベンダーはERPやアウトソーシングなどの領域で日系企業を含む顧客を獲得しており、総合力に自信を示していた。現地のIT市場は、レガシーを抱えながら徐々に成熟の道を歩んだ日本とは異なり、最新技術を貪欲に受け入れつつ一足飛びに成長を遂げており、ある面では日本より進んでいる。現地ベンダーの台頭、インド系ベンダーやグローバルベンダーの活躍などによって、競争はいっそう激化するだろう。
日系企業相手では、取引先の場所は海外になったとはいえ本質的な構造は変わらないままだ。リスクは小さいが、既存事業の変革を伴わない。他方、現地企業向けビジネスは大きな壁を乗り越えなくてはならない。日系ITベンダーが踏み込めない最大の理由は、SE単価で数倍もの差が開くという現地ベンダーとの価格差である。その他にも、商材不足、ブランド力の欠如、営業力不足など、多数の課題が積みあがる。この分野の開拓に乗り出すかどうかは、海外ビジネスの方向性を大きく左右するだろう。しかし考えてみて欲しい、アジアに進出したのであれば、拡大が目覚ましい現地企業のITニーズを獲得するのが本筋ではないだろうか。

現地に立脚し自社独自の強みを発揮できる「グローバル企業」へ

事業目標を「海外に市場を求め、新たな事業の柱とする」と定めた場合、日系ITベンダーはどのような道筋でグローバル化を成し遂げていくことができるのだろうか。まずはコスト面での弱さにばかり囚われず、日本企業としての技術やノウハウを強みとして、価値のある独自性の高いソリューションを提供し、現地ユーザー企業とWin-Winの関係を築くことが重要になる。「進んだ日本で作ったものを後進のアジアに持って行く」という発想は通用せず、日本とは異なるニーズをくみ取り、最新の技術やノウハウを使って組み立てるという現地に根差したソリューション構築が必要だろう。このプロセスを自社単独で遂行することが困難なことも多いであろうが、M&Aや資本参加、パートナーリングは有効な手法だ。

私がIT業界のグローバル化についての研究に着手したのは2010年で、本欄にこのテーマで拙文を掲載するのは3度目となる。応援させて頂きたいという気持ちで繰返し書いているのだが、3度目の正直で、4度目からは成功事例の紹介などの違った内容にシフトできればよいとも思う。アジア市場の変化のスピードは、いつまでも「今後に期待する」といっていられないほど早い。

小林 明子(コバヤシ アキコ) 主任研究員
変化の早いIT市場において、皆様や業界のお役に立ち指針となるよう、独自の情報を発信していきたいと考えています。市場調査はもとより、販売促進やマーケティングのご相談、情報交換などお声掛け下さい。

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