矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2022.05.26

人材版伊藤レポート2.0が公開 人的資本経営の重要性と具体的な施策とは?

経済産業省は2022年5月13日、「人材版伊藤レポート2.0」を公表した。2020年9月に公表した「人材版伊藤レポート」をもとに、人的資本経営の具体化や実践に向けて有用なアイデアを提示すべく作成されたレポートである。
本記事では、なぜ人的資本経営が求められているのか、そして2つの人材版伊藤レポートで言及されている内容について取り扱う。

人的資本経営が求められる背景

まず人的資本経営について、経産省では「人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」と定義している。
人材はこれまで人的資源(Human Resource)と表現されることが多く、人材に関する費用をコストと捉えて「いかに人材を管理するか」という考え方でマネジメントが行われてきた。
一方、近年では人材は企業の価値創造の担い手として必要不可欠な存在であり、人材の成長や成長に向けた投資が企業活動に重要との考え方が広がってきている。そうした中で、人材を人的資本(Human Capital)と捉え、人材の成長を通じた価値創造により企業価値の向上につなげるという人的資本経営に注目が集まっている。

人的資本経営が着目される背景として、人的資本を含む無形資産が企業価値の源泉となっている現状がある。
米国S&P500の市場価値の中で、有形資産が占める割合が年々少なくなっているとともに、米国では1990年代後半から企業における無形資産への投資額が有形資産への投資額を上回り、その差が広がっている。※1また、ESG要因の中でも、S(ソーシャル)要因が企業価値に密接に結びついており、S要因のレーディングが高い企業は、株価パフォーマンスも高いというデータもある。※2
経営における人材や人材戦略の重要性はこれまで以上に増しており、国内外の経営層も経営上重要な人材の確保等を必要性の高いアジェンダと認識している。

※1:経済産業省「伊藤レポート2.0 持続的成長に向けた長期投資(ESG・無形資産投資)研究会報告書(2017年)
※2:井口譲二「OECD Private finance for Sustainable Developments 講演会資料」(2020年)

人的資本情報の開示に向けた動きが活発化

こうした人的資本への関心の高まりを受け、人的資本情報の開示に向けた動きが活発化している。2018年12月、ISO(国際標準化機構)は人的資本に関する11の領域と58の指標について情報開示のガイドラインを示した初の国際規格「ISO30414」を公開した。ISO30414はあらゆる組織の人的資本に関する情報について、定量化して分析するための国際的な指標となっている。

米国では2020年8月、米国証券取引委員会(SEC)が米国証券法に基づく「レギュレーションS-K」の改訂を発表した。「登録者(企業)の事業を理解するために重要な範囲において、人的資本の状況説明を求める」という一文が加わり、同年11月9日、米国株式市場に上場する企業などは、人的資本の情報開示が義務化されることとなった。

日本でも、東京証券取引所が2021年6月改訂版コーポレートガバナンス・コードにて、「人的資本や知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである」などの記載を追加し、人的資本に関する開示・提示や取締役会による実効的な監督について追加した。
また、岸田首相は同年12月に開いた記者会見において、企業の持続的な価値創造を目的とし、人材の価値を含めた非財務情報を可視化するためのルールを2022年度中に策定する方針を明らかにした。

人材版伊藤レポートでは人材戦略の方向性を提示

2020年9月に公表された人材版伊藤レポートでは、人材が企業の競争力の源泉となっているという前提の下、持続的な企業価値の向上と人的資本について「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」(2020年1月~7月)で議論した結果を記載している。
同レポートでは「持続的な企業価値の向上を実現するためには、ビジネスモデル、経営戦略と人材戦略が連動していることが不可欠である」とし、これからのあるべき人材戦略を特徴づけるものとして3P・5Fモデルを提唱している。3つの視点(Perspectives)と5つの共通要素(Factors)に着目して、企業価値の持続的向上につながる人材戦略を策定・実行することを経営陣に求めた。

【図表:人材戦略に求められる3つの視点・5つの共通要素(3P・5Fモデル)】

【図表:人材戦略に求められる3つの視点・5つの共通要素(3P・5Fモデル)】

出所:経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書~人材版伊藤レポート~」(2020年9月)

【図表:3P・5Fモデルの具体的な視点と共通要素】

【図表:3P・5Fモデルの具体的な視点と共通要素】

出所:経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書~人材版伊藤レポート~」(2020年9月)をもとに矢野経済研究所作成

人材版伊藤レポート2.0ではより具体的なアイデアを提示

人材版伊藤レポートの公表後、デジタル化や脱炭素化、コロナ禍における人々の意識の変化など、経営戦略と人材戦略の連動を難しくする経営環境の変化が顕在化するにつれ、非財務情報の中核に位置する人的資本が、実際の経営でも課題としての重みを増してきている。
2021年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードへの対応を形式的なものとしないためにも、経産省では同年7月に「人的資本経営の実現に向けた検討会」を設置し、持続的な企業価値の向上に向けて、経営戦略と連動した人材戦略をどう実践するか議論を行った。
そして、その報告書を実践事例集と併せて「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書~人材版伊藤レポート2.0~」として2022年5月に公表した。

人材版伊藤レポート2.0では、人的資本経営を本当の意味で実現させていくには「経営戦略と連動した人材戦略をどう実践するか」と「情報をどう可視化し、投資家に伝えていくか」の両輪での取組みが重要とし、実行に移すべき取組みやその取組みを進めるうえでのポイントや有効となる工夫を示している。人材版伊藤レポートで示した3P5Fモデルをもとに具体的な施策を計31個リストアップしており、人的資本経営に向けた取組みの推進を提案している。

【図表:人的資本経営の実践に向けたアイデア】

【図表:人的資本経営の実践に向けたアイデア】

出所:経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書~人材版伊藤レポート2.0~」(2022年5月)

経営層による積極的な取組みが求められる

人材版伊藤レポート2.0は、経営戦略と連動した人材戦略を企業が実践するためのアイデアの引き出しとして作成されたものである。先進的な企業の事例や具体的な施策が数多く記載されているものの、これらが各企業で具現化するかは経営層の意思に委ねられる部分が大きい。

「企業としてどこを目指しているのか、何がやりたいのか、そしてその実現に最も大切な人材は、その目指す所、やりたいことにどれだけ共感し、集まってきているのか。」(人材版伊藤レポート2.0より引用)
レポートには、人的資本経営において先頭を走る企業は、常に切迫感にも近い問題意識をもっているとの記載がある。人材を取巻く環境が大きく変化する中、企業や経営層には現状の課題を明確化した上で、具体的な打ち手の検討と早急な施策の実施が求められている。

星 裕樹

関連リンク

■レポートサマリー
HCM(人材管理)市場動向に関する調査を実施(2021年)

■同カテゴリー
[エンタープライズ]カテゴリ コンテンツ一覧
[ソフトウェア]カテゴリ コンテンツ一覧

関連マーケットレポート
星 裕樹(ホシ ユウキ) 研究員
業界の方々、お客様と信頼関係を築くことが何よりも重要だと考えています。 「足で稼ぐ」をモットーに知見や情報を積み重ね、市場の実態把握と将来像の予測分析に努めてまいります。

YanoICT(矢野経済研究所ICT・金融ユニット)は、お客様のご要望に合わせたオリジナル調査を無料でプランニングいたします。相談をご希望の方、ご興味をお持ちの方は、こちらからお問い合わせください。

YanoICTサイト全般に関するお問い合わせ、ご質問やご不明点がございましたら、こちらからお問い合わせください。

東京カスタマーセンター

03-5371-6901
03-5371-6970

大阪カスタマーセンター

06-6266-1382
06-6266-1422